72.異変とおっさん―10
その力の行き先は、“地面”だった。
「んなッ!?」
“鬼殺”による度重なる斬撃により、傷がつき緩くなっていた土肌。
そこにグルゥが渾身の力を込めた拳を叩き込むことによって、まるで噴水のように黒い土が跳ね上がり、砂埃のように立ち込めた。
「な……んつぅ、化け物じみた力だぁッ!?」
素直に感嘆の声をあげるシュテンだったが、舞い散った土が収まった時には、既にその場にグルゥの姿が無いことに気が付いた。
わなわなと肩を震わせたシュテンは、力任せに地団駄を踏む。
「あの野郎ッ!! 男同士の一対一の闘いから、まんまと逃げやがってッ!!」
本来の目的を忘れグルゥとの戦いに没頭していたシュテンを見て、カエデは呆れつつもいつも通りだと薄笑いを浮かべた。
「で、どうすんのシュテンおじ? グルゥはアンタの息子さんに手を出したんだろ?」
「お……おお!! そうだ、その件で早く、アイツをとっちめなければ!!」
「だったら、そのことを早く他の武士にも伝えた方がいいんじゃないか。ルキ姫にも一報を入れて、グルゥがここから逃げ出さないよう包囲した方がいい」
「た、確かにそうだなッ。このままアイツに逃げられては、俺ぁのガキに示しがつかねぇ」
そう言うと、シュテンは慌てて御殿の方へ駆けていった。
一人残されたカエデは、マリモが去った先とグルゥが去った先を、交互に指で差してどちらに向かうか考えあぐねている。
「私よりもマリモを選ぶというのなら……グルゥ、アンタはこの場で私が消してやる」
燃え盛る憎悪の炎はどんどん勢いを増し、カエデ自身も手を付けられないほどに、大きな火種に成長するのだった。




