70.続・鬼とおっさん―1
テンザンはアマツ公国のほぼ全ての国土を占める山岳地帯の、なだらかな中腹に作られた集落だ。
山からの豊富な湧き水を中心に作られた村には、田や畑が多く耕作されており、その緑の多さからも他の山岳地帯とは雰囲気が違うことが分かる。
グルゥはただ一人、そのテンザンの中央に位置する御殿へと呼び出されていた。
テンザンを統治する姫に、挨拶をするためだと言われていたが。
「がっはっは! そう緊張しなさんなッ! 姫様はとても良い御人だぞ」
グルゥの背中をバシバシと叩く、大柄な鬼の男。
名をシュテンといい、キヌツ村の宴の際、一際威勢良く盛り上がっていた男だった。
話してみるとグルゥと同い年で、グルゥはすっかりシュテンから気に入られていたが――
(うう……苦手だなぁ、この人……)
基本的に暑苦しい人間は得意ではないため、グルゥとしては会ったばかりなのにグイグイ迫って来る感じがどうにも馴染めず、対処に困る相手だった。
「おっ、棟梁! 今日もいつも通りの“赤鬼”っぷりだな!」
「るせェ! こちとら、飲まなきゃやってられねぇんだよッ!」
御殿ですれ違った鬼の男が、気さくにシュテンに声をかける。
シュテンは武士団の中でもリーダー格の男のようで、多くの鬼から親しみを持って話しかけられていた。
その“赤鬼”の二つ名の通り、四六時中腰のひょうたんから酒を飲んでおり、その顔は常に赤く出来上がっている。
(酒臭い人……やっぱ苦手だなぁ……)
下戸のグルゥには、そんなシュテンに案内されているというのも、なかなか苦痛なことだった。




