64.覚醒とおっさん―6
「そう……ですか。私は王の……仰せの通りに」
頭を垂れ非礼を詫びたブランは、立ち上がり献上物を引き下げようとした。
「ですが……もうこの貢物は、必要ありませんよね」
両手で布を広げ、その繊細かつ壮麗な刺繍を、まじまじと眺めるブラン。
すぐに退かない姿勢を見て、ヴラディオのこめかみに青筋が浮かんだ。
「貴様、聞こえなかったのか? ならばその耳、引き千切っても構うまいな――」
「いえ、私は……この貢物の使い道を考えていただけです」
そう言って、ブランは大きく広げた布をふわりと宙に放り投げる。
ヴラディオとの間に遮蔽物が生まれた、その瞬間だった。
金属が擦れるような高い音。
あっという二人の兵士の驚きの声と共に、その場の空気が凍りついた。
鞘から引き抜いた腰の剣を、ブランは布越しにヴラディオ目掛けて突き刺したのだ。
「なん……だと……?」
ポタポタと滴り落ちるヴラディオの鮮血。
剣先をつたい、刺繍で彩られた布が赤く染まっていく。
「これが私の答えだ……暴君ヴラディオ……ッ!!」
ダメ押しに、ブランはグッと剣を押し込もうとする。
だが、その剣先は微動だにせず、そこでようやくブランは異変に気がついた。
「貴様は、本気で……その程度で我を殺せるとでも思ったのか?」
血に濡れた布が、その重みで地に落ちていく。
ブランが突き出した剣先は、ヴラディオの右手によってしっかりと受け止められていた。




