56.世界の始まりとおっさん―8
それから、数日の時間が過ぎていた。
「あーん。ほら、早くあーんしてくれ、親父ぃ!」
「……さ、さっさと食え」
「食え、じゃなくてさぁ! あーん、って言ってくれないと、オレ食べないぞ!」
病室のベッドにふんぞり返るのはキットである。
ツァイセとの戦いにより瀕死の重傷を負ったキットだが、何者かの治療により一命をとりとめ、今はこうして入院中の身である。
「面倒くさいリクエストをするな……! ほ、ほら、口を開けろ……もっと大きくだ……っ! そら、あーん――」
「また、そんなふざけた遊びをしてるの?」
他に誰もいないと思っていた病室で声がして、グルゥは慌てふたいめいた。
「ああっ! スプーンの上のゼリーが落下したぞっ! もったいねー!」
「な、なんだミノンか……なら良かった」
「他人に見られて恥ずかしいと思ってるなら止めれば? これ、頼まれてたフルーツと……やっぱり、今日も情報はなかったよ」
少し、雰囲気が変わったミノンだが、その理由はこの数日の間に判明していた。
ミノンからりんごを貰ったキットは無邪気にはしゃいだが、反対にグルゥはガクリと肩を落とす。
「そう……か。いったい何処に行ってしまったんだ、サリエラとミルププは……」
キットの怪我が治らない間は、ケントラムを出て行くわけにはいかない。
それなのに、ケントラムに行ったはずのサリエラとミルププ、二人の行方が全く分からなくなってしまったのである。
通信用のイモムシは、何か糸でも切れたかのように、ただのイモムシとなり何も喋らなくなっていた。




