50.惨劇とおっさん―7
全身を薄い水の膜でパックされたサリエラは、身動きを取ることも出来ず、固い床の上で溺れる。
異様な光景だが、リーブスが言ったとおり他の客もカウンターに立つマスターも、何も見ていないような素知らぬ振りをしていた。
その異常さに、サリエラは失意の中、絶望する。
(関わるべきでは、なかった……私は、この男に……)
行動を封じられ、魔法を使うことも出来ない。
真横になった視界の中、サリエラはただ意識が無くなるのを待つだけだったが――
「ぷはっ!?」
突然、水の膜が破けて、サリエラは意識を取り戻した。
何があったと周囲を見渡すが、目の前にはただリーヴスが立っているだけだ。
先程までと違うのは、リーヴスの親指と人差し指の間に、一匹のイモムシが摘まれているということ。
「気泡が生じていると思ったら、やはりですね」
その水色のイモムシは、ミルププから通信用にと渡されていたものだった。
「これはどういうことですか? サリーメイア姫」
「ど、どういうことって――」
「人に物を頼んでおきながら、自分は外部に私の会話を送っていたのでしょう? ……人を試すなんて、あまり気持ちの良いやり方ではないと思いますよ?」
リーヴスの口元に冷笑が浮かぶ。
リーヴスとの会話をミルププに送るなんて、サリエラは考えてもいなかった。
そもそもこんな早朝に、朝が弱いミルププが起きていると思えない。
イモムシも、通信用に肌身離さず一緒に居ろとミルププに言われて、嫌々ながら服の内ポケットに隠していたのだ。
それがまさか、こんな形で裏目に出るとは。




