50.惨劇とおっさん―6
椅子から転げ落ちて膝をつくサリエラ。
「知っていますか? 人間はコップ一杯の水で溺れ死ぬんです」
頭上から聞こえる声に顔をあげると、そこでは、サリエラが使っていたコップを手にして立つリーヴスの姿があった。
どうして? なぜ?
サリエラの頭にはいくつもの疑問が浮かぶ。
リーヴスは信用できない男ではあるが、姫である自分に手を出すようなことはしない、それくらいの計算は出来る人間だと思っていた。
脳に酸素が行き渡らなくなり、サリエラの意識に徐々に黒い靄がかかっていく。
まさか――既にリーヴスは――
「ぶはっ!」
口を覆っていた水の真ん中に穴が空いて、サリエラは一気に酸素を取り戻した。
いきなりの空気を吸いすぎて、むせて咳き込んでしまう。
「まさかあなたも……イルスウォードの一員なのですか!?」
「ちょっと、言っている意味が分かりませんね」
立ち上がれないサリエラの頭の上に、たらたらと水を垂らしていくリーヴス。
また、口と鼻を塞がれてしまう。
そう思ったサリエラは、恐ろしさから体の震えが止まらなくなる。
「誰か、たす――がぼっ」
「無駄ですよ。既にここの客にも店主にも、ある程度は握らせてあります。私はただ、フェアなトレードがしたいだけなんですよ」
そう言って、リーヴスはコップの中の水を全て流し切った。




