50.惨劇とおっさん―1
「いやぁ、遅くなって申し訳ない。朝は苦手なもので。……それに、まさかあなたの方から私にコンタクトを取ってくるとは、思わなかったのでね」
そこは、ケントラムにある薄暗い酒場だった。
宿屋に併設されている酒場で、さすがに早朝ということもあり客は少なかったが、昨晩から飲んだくれているような魔人が、テーブルや床で何人か寝転がっている。
「こんなところに呼び出すなんて……デリカシーが無い男ですね」
「それは大変失礼しました。私もあまり表立って動くわけにはいかないのでね」
酒場の片隅のテーブルで、人目から逃れるようにコソコソと話しているのは、サリエラと水色の髪の男だ。
二十代前半に見えるその男は、穏やかな笑みを浮かべてサリエラに相対していた。
だがサリエラは知っている。
一見優男に見えるその男の目の奥は、一切笑っていないということを。
(顔は怖いけど根は優しい……そんなお父様とは、真逆の男ですね)
サリエラは警戒心を隠しながら、テーブルの上のコップの水に手を伸ばす。
男は小さな眼鏡をくいっと持ち上げながら、そんなサリエラの一挙手一投足を舐めるように見ていた。
「……そんなにジロジロ見ないでください。正直に言って、不快ですよ」
「おや? そう感じられたなら謝罪しますよ。いえね、先程から随分と喉が渇いているのだなと思って……水面が震えていますよ、サリーメイア姫」
男はそう言って、わざとらしく小首を傾げてみせる。
肩の辺りまで伸びている一本に結んだ髪が、ふわりと左右に揺れた。




