5.異世界勇者とおっさん―6
“神の手を持つ男”。
それが男の、テュルグナの裏世界での通り名だった。
男の仕事はもっぱらスリだ。
港があり、貿易で来た商人や、観光客が多くやって来るテュルグナには、とにかくカモとなる獲物が多い。
神業とまで言われた男のスリは、今までに一度もバレたことがなかった。
男はスリ一筋で家族まで養い、さらには貧しく家を持てない人間にまで金を与えるようなことまで始めて、自分の行いは義賊として正当な行いであるのだと、そう思うようにまでなっていた。
だから、男は許せなかったのだ。
ふらりとテュルグナに現れ、我が物顔で町をのし歩き、飯を食っても金も払わず、「勇者だから」の一言で何もかもを強引に済ませていく。
自称・異世界勇者の、その男のことが。
「うぐ……」
男の話を聞きながら、グルゥは二本の黒角が軋むのを感じていた。
哭いている。
『サタン』としての誇りをへし折った、その相手をついに見つけたことで。
黒角が、憎しみに燃えて哭いているのだ。
「あとはもう……全部言わなくても分かるだろ? ヘマをした俺は、広場まで引きずり回された挙句、この様だ」
「な、なんだと……!? 民衆の前で、このような蛮行に及んだというのかッ!?」
「そう、だ……。一応、罪を犯しているのは俺の方だし、勇者には悪を裁くっていう大儀もある。……でも、それでも……!!」
男の落ち窪んだ眼孔から、血の涙がとめどなく溢れ出してくる。




