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目が真っ赤になるほど泣き腫らしたミクは、夜になってもゲンロクの死体の前でまだすすり泣いていた。
アキトは、その後ろ姿にそっと近寄っていく。
「悔しいか。兄を殺されて……」
声を掛けられたミクは驚く素振りも見せず、カラカラになった声でアキトに答えた。
「にぃには……パパがいなくなって、私だけママに付いていった後も、ずっと私のことを気にかけていてくれたの。それは、異世界に来てからも同じで……」
二人の父はある日突然失踪し、それを期に、仲の良かった兄妹の暮らしは引き裂かれることになったのだ。
誰が悪いわけじゃない。
母の手一つで二人を育てることは経済的にも難しく、ミクは母と共に暮らし、ゲンロクは叔父に引き取られることになった。
「本当のことを言えば……異世界に来て、にぃにとずっと一緒に居られて、楽しかったんだ。ずっと異世界に居てもいい、元の世界になんて戻らなくてもいいと思っていた。……ミクが悪い子だったから、天罰が当たっちゃったのかな……」
知らねぇよ、とアキトは大欠伸をしながらミクの話を聞いていた。
二人の生い立ちになど微塵の興味も無かったが、うまく懐柔を行えるのならば調子を合わせておかなくてはならない。
「とりあえず、今日はもう遅いんだ、ゆっくり休むと良い。今後のことはそれから考えよう……ゲンロクの敵討ちは、それから考えればいいさ」
“敵討ち”。
それまでミクの思考にはなかった言葉だが、それを聞いた瞬間に、ハッとしてミクは振り返った。
「そっか……アキトは、にぃにを殺した魔人について知ってるんだよね?」
かかったかかった、とアキトは込み上げる笑いを噛み殺すのに必死だった。
「そうだな……そいつはグルゥっていう、『サタン』の血統の魔人で――」
休めと言ったはずなのに、アキトはグルゥの詳細を事細かに話し始める。
夜が明けた時――ミクとゲンロクの死体は、納屋の前から忽然と姿を消していた。




