43.魔女とおっさん―1
吹き荒ぶ風の中を歩いていた。
北に進むにつれて気温は徐々に下がっていき、寒さに弱いブラックキマイラの馬車では進めないような場所になっている。
時折、風に紛れて氷の粒が降ることがあり、その度にグルゥはキットを腕の中に抱えながら進んでいた。
腕の中は、寒さにガチガチと歯の根を鳴らして震えている。
「ご、ごめんよ親父……オレ、自分がこんなに寒さに弱いなんて知らなかった」
「仕方ないさ。初めて経験する気候なのだ。むしろ私も……暖を取れて良いかもしれん」
そう言ったグルゥの口元は、合法的にモフれるこの状況にニヤニヤが止まらなくなっていた。
『サタン』の血統であるグルゥは、他の種族に比べ体温が高いため、寒さに対してある程度の耐性はあるのだ。
もちろんそれは、裏を返せばある一線を超えて体温を下げられると致命傷になり得るという、弱点でもある。
(『アスモデウス』の血統は、相手にしたくないものだな)
ここが『アスモデウス』が統治する国、“キュリク”の外れだ。
(彼らの血は氷のように冷たく、寒さの中でしか生きられないと聞く。他の血統が生きるには難しいこの土地も、彼らにとっては絶好の住処となるわけだ)
翡翠の“血封門”は、一度キュリクの領内に入った後に、ぐるりと北から回り込むようにして氷山と渓谷を越えていく必要があった。
イルスフィアに存在する三つの“血封門”は、どれも易々とは踏み入れないような位置に存在しているのである。
「うぅぅ……あったかいお風呂に入りたいよぉぉ……親父ぃぃぃ……」
「もうすぐ山小屋があるはずだ。逆に、それが“血封門”に向かうまでの最後の休憩地点になるかもしれん」
「ええ!? ……親父についてきたの、失敗だったかも」
ケントラムに向かったサリエラとミルププのことを思うと、キットは泣きたくなるような思いだった。




