34.人形とおっさん―4
「ち、違うんだ。今、人形が――」
グルゥはそう言いかけて、殴り飛ばしたはずの人形が元の棚の位置に移動していることに気が付いた。
「人形……?」
不審に思った受付はすぐさま振り返ったが、何の変わりもなく鎮座している人形を見て、再びグルゥに懐疑的な眼差しを向ける。
「い、いや、その……虫がいた気がして、その……」
「お客様……誠に恐縮なのですが、当ホテルでは過度の飲酒や、薬物の利用などをされている方の利用はお断りしておりまして――」
「そ、そんなことはない! 私はいたって正常だ。……その、本当に申し訳なかった、怪我はしていないか?」
グルゥは受付の首筋に手を添えたが、抉られていたはずの頚動脈は無事で、むしろそこには何の傷痕も残っていなかった。
(何も、ない……? まさか本当に、幻覚でも見ていたのだろうか)
「お、お客様、そういった行為も困ります……。気を引きたいのでしたら、もう少し平和的な方法で行ってください」
顔を赤らめた受付は、コホン、と咳払いをしてグルゥの手を跳ね除けた。
結果的にはナンパの手口の一環と思われたようだが、心の中に残った薄気味悪さに、グルゥはまだ困惑していた。
「親父、まだ部屋が決まんないのかよ?」
「い、いや、四人部屋がなくてな……今日はサリエラやミルププと、三人で泊まってくれないか」
えー、と不満げな声を漏らすキット。
受付も不思議そうな顔をしてグルゥの嘘を聞いていたが、それが三人を危険に巻き込まないためだと、グルゥは考えていた。




