34.人形とおっさん―3
「な……ッ!?」
「声ヲ出スンジャネーゼ……」
裁縫されたバッテン印の口がモゴモゴと動き、くぐもった低い声がした。
人形が喋った?
グルゥは疑問に思ったが、それよりも、人形は手にした包丁を受付の首筋に突きつけようとしていた。
「お部屋をお取りすることが……出来ました……」
その知らせが、どこか遠い世界からの声のように感じられた。
グルゥは人形から目を離すことが出来ない。
ゆっくりと、包丁は受付の首筋に埋め込まれていき、テコの原理で持ち上げられた頚動脈が、ビクンビクンと脈打っている。
何か悪夢でも見ているのだろうか。
受付は、未だに事態の異変に気が付いていない。
このままでは――彼女が殺される。
グルゥはとっさに拳を突き出し、受付の肩の上の人形を殴り飛ばした。
「きゃあっ!?」
大きな悲鳴をあげて、受付はカウンターに突っ伏した。
まさか、頚動脈に傷が付いてしまっただろうか。
焦ったグルゥは、すぐに受付の肩を掴んだが、
「や、やめて、ください……っ!! お金が目的ですか……っ!?」
受付はグルゥを脅えた目で見ていた。
確かに彼女からしてみれば、いきなり『サタン』の血統の男が殴りかかってきたようなものだ。
その恐怖は計り知れないだろう。




