34.人形とおっさん―1
ひとまず今晩の宿を取ろうと、グルゥは宿屋が立ち並ぶ通りで、いつもより少しランクの高い宿を選んだ。
長旅の疲れもあるし、“ケントラム”において安全である宿を選ぶというのは重要なことだ。
商人が多く、金品を持ち歩く者が多数いる“ケントラム”では、強盗事件は毎日のように起きていて、治安の悪い場所の宿では安心して眠ることが出来ないのである。
(それに今なら……ミルププの資金があるしな……)
宿でチェックインを済ませながら、グルゥはロビーのソファーに座っているミルププの姿をチラリと見やった。
まさか、娘の金で宿に泊まることがあるとは。
自分の甲斐性の無さに、最近のグルゥはへこみっぱなしである。
「お部屋の数はどうされますか?」
「四人で泊まれる部屋が一つあればいい。空いてるかな」
「確認いたします」
宿の台帳をめくる、耳の尖った美人の受付。
『アスモデウス』の血統だろう。
その美しい見た目から、こういった格式のある施設で接客をするのには引っ張りだこだと、グルゥは聞いたことがあった。
グルゥはついつい、その『アスモデウス』のお姉さんに見惚れてしまっていたが、
「…………ん?」
その後ろから妙な殺気を感じ、慌てて視線を逸らす。
――始めは、何か自分の見間違えかと思った。
先程のインパクトがあまりに強かったのか、それとも、自分が疲れているのかと。
カウンターの後ろの棚には、老婆の店で売っていた人形が座っていたのである。




