3.賊・孤児とおっさん―12
キットを退かそうと、グルゥは左腕で無造作に払いのけようとした。
だが、キットの行動はグルゥの予期しないものだった。
「違うじゃんかッ!! 本来のおっさんは、やっぱり優しいあのおっさんで……!! 今のおっさんが、怒りでおかしくなっちまったおっさんなんだろッ!?」
そう叫んだキットは、俊敏な動作でグルゥの左腕を掻い潜り、柔らかな黒い毛が生い茂った胸元に飛び込む。
わあああ、とキットは大きな悲鳴をあげた。
「や、止めるんだキット!! 今の私の体温は、人間のものよりも遥かに熱い。そんなに密着しては、君を傷つけることになる!!」
「ほら……やっぱり……おっさんは、優しいまま、じゃんかよ……」
グルゥは困惑していた。
『憤怒』すらも厭わず、それでも壁を乗り越えようとして、必死に近付こうとするキットの感情に。
優しさや、親しみとは違う。
キットが真っ向からぶつけてくる感情は、『憤怒』で燃え尽きた心に、蕩けそうになるような温かさを注いでくる。
「お父……さぁん……っ!」
その感情の奔流の根源に気が付いた時、グルゥは人の姿に戻っていた。
つまり、それは『甘え』だ。
父を求めるキットの『甘え』が、グルゥの『憤怒』の炎を打ち消し、ついに人の心を取り戻させることに成功した。
グルゥは思い出したのだ。
自分は化け物である前に、一人の父親であったという事実を。
「もう、こんな無茶なことは、やめなさいっ……!!」
くっついて甘えたがる子を、自らの炎で焦がすわけにはいかない。
だからグルゥは、獣の姿を止め、人の姿に戻った。
「無茶はどっちだよ……バカっ……!!」
腕の中で泣きじゃくるキット。
バシバシと、グルゥの胸を何度も何度も拳で叩いた。
もう二度と傷つけまいと、グルゥはその小さな体を、大きな腕で力強く抱き寄せるのだった。
第1章 孤児とおっさん ―完―




