1.孤児とおっさん―1
「っはぁッ!?」
心臓に痛みを感じて飛び起きる。
慌てて自分の胸に手を当て、そこから血が流れていないことを確認すると、グルゥはほっと一息ついた。
またこの悪夢か――『アガスフィア』に来てからもう何度も見ている、娘を連れ去れた時の忌まわしき記憶。
毎晩のようにフラッシュバックしているため、ここ数日は寝不足でもあった。
少し疲れを取ろうと、グルゥは丘の上にちょうどいい木陰を見つけ、爽やかな草原の中で仮眠を取っていたのだが。
荒んだ心は、それすらも許してくれないようである。
「う……凄い寝汗をかいちゃったなぁ」
灰色の布地の服は、グルゥの汗で模様がついたようになっていた。
また着替えが必要になると、グルゥは落ち込みながら巨大なバックパックの中を探る。
一週間以上は町に寄っていないため、バックパックの中は汚れた衣類でいっぱいだ。
「く、臭いなぁ」
むわんと漂ってきた自らの臭いに、グルゥは思わず鼻をつまんだ。
川を見つければ洗濯と水浴びを行うようにしているが、いつまでも野人のような暮らしを続けるのには限界がある。
せめて“自分が入りやすい町があればいいのに”と、グルゥは『アガスフィア』にいる限り叶わぬことのない、儚い望みを抱いていた。
「――ん?」
と、ターバンのように頭に巻いている、黒い布を取り替えようとした時である。
不穏な気配を察知しグルゥは立ち上がる。
今日に限って言えば、悪夢にうなされ眠りから醒めたのは、無駄ではないようだ。