17.脱走とおっさん―1
「ブラックキマイラだ」
『イルスフィア』で生まれ育ったグルゥは、当然その生き物についての知識を持っていた。
「『イルスフィア』ではポピュラーな魔獣だ。知能が高く、人の言うことを理解するため、番犬として飼われることがよくある。知らないのか?」
「……お父様、なんかこの前の仕返しで言ってます? さすがに私も、そっちの世界の常識には疎いです」
そう言いながらも、サリエラはブラックキマイラを前にして、一歩前に進み出た。
人差し指と中指を揃え、右腕を曲げると、二点の指先に意識を集中させる。
「ですが、戦わねばならぬと言うのなら……私の魔法で、魔獣を退けてみせましょう」
(魔法使いだったのか、この子は)
“魅了”をかけられたこともあり、何となくその適性があることは分かっていたが、実際にサリエラが魔法を使うところを見るのは初めてだった。
だが、
「大丈夫だ、サリエラ。ここは私に任せなさい」
ずいと進み出るグルゥを前にして、サリエラは魔法の集中を解く。
というより、
「お、お父様の広い背中……かっこいいですっ!!」
勝手に集中が解けていた。
「ほう? やるっていうのか、この魔獣を前にして。いいか、この魔獣はビルブー様のペットでな、一度脱走者を見つければ、その体を骨の髄までむしゃぶり尽くさんとばかりに食い千切り――」
監視官の説明を無視して、どんどん進み行くグルゥ。
ブラックキマイラは、グルルルと地の底から響くような唸り声をあげて、グルゥを睨み付けた。




