プロローグ 全てを失った日
どうしてこうなった、とグルゥ・ヌエツト・マヌエルパは自問自答していた。
二十歳になってから、大領主の下で毎日コツコツと働き、派手な遊びをすることなく、節制を重ね貯蓄を続けてきた。
そして四十五歳の誕生日。
それまでの功績が認められ、グルゥにもようやく領主として土地を持つ権利が与えられたのだ。
これからは自分の城を持ち、自分の国を守る“魔王”になる。
他の領主から見ればまだまだちっぽけな国であるが、グルゥにとって、愛する妻と娘と共に暮らす、穏やかなスローライフが始まったはずだった。
はずだった、のだが――
「やめて……もうパパをいじめないで!!」
血溜まりの中、膝をつくグルゥは、まるで悪夢でも見ているかのような錯覚に陥る。
どうして、四十五歳にもなり、さらには魔王である自分が、十歳になったばかりの娘に庇われているのかと。
両手を広げて侵入者に立ち向かう愛娘の細い体は、目を覆いたくなるほどガタガタと震えていた。
「へぇ、おっさんを嬲るより、こっちの子の方がまだ愉しめそうジャン」
自らを異世界から来た勇者と名乗った少年は、愛娘の肢体に、冷たい刃の先を這わせていった。
十歳の誕生日に買ってやったワンピースの下腹部が濡れ、恐怖で失禁していることが背中越しでも分かる。
「や、やめろ……っ!! もう、やめてくれええええええええええええええええっ!!」
グルゥの懇願など全く意に介さず、チロリと舌なめずりをする少年。
愛娘の腕を乱暴に引き、強引に連れ去ろうとする姿を見て、グルゥは最後の力を振り絞り追いすがった。
「うぜぇんだよ。雑魚モンスのクセしやがって」
振り向き様、少年の突き出した剣は、グルゥの心臓を深々と突き破っていた――