穢さないで
紅があのオッサンを挑発しつつ、戦闘態勢を整える。あの胡散臭い関西弁のオッサンは紅と誠に任せるとして……はぁ。だりぃ。あの誠野郎がヘマするからオレ達が平和にいられないんだろうが馬鹿。オレみたいなクズにこういうさ、大変な事任せるとかホント無い。紅の頼みじゃなきゃ断ってた。
「……ここか」
誰に確認するでもなく、1人で呟いた。先程まで誠がいたドアの前。案の定、鍵がかかっているのかドアノブはまわらない。……チッ、めんどくせぇ。両の手をズボンのポケットに無造作に突っ込み、上を見上げ、2、3歩下がる。すうっと口から息を吸うと、右足に体重をかけドアを蹴り飛ばす。おいおい、こんなに脆くていいのか? と心の中で嘲笑しつつ、もう一度。今度はドアの中心を突き抜けるように足を繰り出した。2回とも地鳴りのような轟音がして、ドアは内側に倒れた。
……さて、みむはどうしてるかな……。
「はぁ……。弱い者イジメとか地に堕ちたねー。千早組総長、千早 拓人」
勝ち誇ったかのような笑みを小さく口元に浮かべ、見下すように視線を落とす。
「……あ? なにがあった……」
オレのおかげで (強制的に)生まれ変わった、先程までドアだった瓦礫を踏みつけているオレの足の向こう側に見える光景は、想像以上に悲惨だった。
めちゃくちゃになった部屋の中。拓人はこちらを向いて驚いた顔をしたものの、今は気味悪く笑っている。その手には桃色のカクテル。半分ほど減っているソレにそっと口をつけると、近くのテーブルに置いた。テーブルには同じ空のグラスが何個も置いてあり、全て中身は桃色のカクテルだったようだ。
香は、部屋の奥のソファに座らされていた。力なくソファにもたれかかった首。膝下で斜めに破られたドレス。そして、その身体を縛り上げる縄。青い瞳はありもしない方向を向き、口の端から何らかの液体を垂れ流している……言い方汚いかも。訂正する。千早組総長に無理やり口にぶち込まれたであろう桃色の液体を飲み込む気力も吐き出す気力もなく、小さく開いた口から漏れ出ているのだろう。気づく素振りもなかったことから、気絶しているのか、あるいは身体の自由が効かないのか。はたまた、絶望に満たされてるのか。……多分、死んではないみたいだが。
「はぁ、Breathさん。なにか?」
「……本当、悪趣味だ。こんなのがいいのか?」
「こんなのとは?」
「これの事だよ、汚ぇな」
そう言って香に触れようとする。
「やめなさい!! 我が神に!!」
「……は?」
物凄い形相をして千早がこちらに来る。マズい、みむに当たっちまう。……なんてな。オレを舐めんなよ千早!
また右足に力を込めて千早を蹴りをいれる。理性を失ったやつの相手は簡単だ。蹴り飛ばすだけでいい。壁に背中を打ち、動けないうちに手首をひねり鎖で繋ぐ。本当にこの部屋は悪趣味だ。でも今は役に立つ。床から突き出た杭のようなものに括りつけ、動けないようにしてやる。感謝しろよ、トドメはささないからさ。
「我が……神、に……触れるな……!」
「うるせぇな……」
香の横にドスッと腰を落とし足を組むと、香の頭を持ち液体を全て吐き出させる。クタンとなった首を自らの肩にもたれさせ、香の頭の後ろから手を回し、頬に指を添えて、ニヤリと笑う。
「コイツはアンタの物じゃないんだ、残念ながら」
「ふっ……ざけるな……」
「ふざけてねーよ。こんなガラクタみたいな扱いするやつよりオレの方がいいだろ? ……なぁ」
もちろん、みむは返事などしない。いや、出来ない。出来ないのは分かっているが、アイツを挫けさせるためだ。好きでやってるわけじゃないから。……本当だからな? 本当に好きでやってるわけじゃないからな? ……な?
千早が何も言わなくなったのを確認して、縄をナイフで切ってやる。フッと支えがなくなって、だらしなくオレにもたれかかるみむの口元を拭いてやって、ある事に気づく。首が真っ赤なのだ。腫れているということではない。アイツの手の後が付いて取れていないのだ。それに、背中の服は縦に大きく裂かれて、腕や露出した足にはいく筋もの縄の跡が残っている。
……はぁ、ムカつく。みむに何してくれてんの、アイツ。次会ったら骨まで刻んでやろうか。
身長差があまりない為華麗に持ち上げることなど出来はしないが、アイツにやられた傷や痛みや穢れ、全部を包み込むように強く、優しく抱きしめると、弱々しく服を掴まれる感覚がした。