足が動かないから
そのまま地面にへたり込む。チッ、なんでだよ。足に力が入らない。千早 拓人が後ろにいて、今に捕まるか分からないのに。だって、あんな投擲が上手い一般人がいるもんか。しかもナイフどこから出したって話。あー、動け動け動け! 日頃の訓練の成果はどこ行ったよ! ……はぁ、もう嫌だ。こんなことあるかよ……
「大丈夫ですか、我が神」
ごめん、ボクの耳が悪かったかな? 1番最後におかしい言葉が聞こえた気がする。……って、千早 拓人!? ヤバい、ヤバいのに、動けボクの足!
そっと手を置かれる感覚がして、肩をビクリと震わす。恐る恐る振り返ると、千早は爽やかな笑みを浮かべてもう一度、今度はゆっくり、子供に言い聞かせるように、同じ言葉を繰り返した。
「大丈夫ですか」
「えぇ、大丈夫ですよ。少し驚いただけで……」
考えうる全ての言葉を使い、なんとか返答する。無理やり笑顔を作り上げ、喉につっかえる何かを押さえ、霞む視界を瞬きを繰り返し晴れさせようとする。……ボクはこういう時の優しさはキライだ。悪いのはボクなのに、優しくされるとついつい涙が溢れてしまう。そんな自分が嫌で情けないのに、涙が止まらない。優しい言葉をかけられる度に胸が、喉が、苦しくて堪らなくなる。それなのに、皆優しいから、ボスも誠も翔も紅ちゃんも葉も吹さんも、優しくするから、大っ嫌いだ……! いっその事、突き放して罵倒して痛めつけて、軽蔑してくれた方が楽なのに、どうして皆ボクを見放そうとしないんだろ。
「本当に大丈夫ですか……っおっと」
「香、帰ろう」
強引に誠に手を引かれ、驚いて涙も引っ込んだ。そのまま立ち上がり、やっと足に力が入った。誠はぐっと思い詰めた表情だったが、不思議そうに見るコッチの視線に気づくと眉を八の字に下げへらっと笑ってみせた。その顔は、さっきの表情とのギャップが激しくて、すごく可愛くて、胸の所が少し苦しくなった気がした。すぐにその表情は消え、真剣な顔に戻ったけれど。
「という訳だ。パーティを滅茶苦茶にしてしまったことは詫びよう。だがもう誰もいないし、終わっただろう? 俺達も帰らせてもらう」
「待ってください」
「なんだ?」
「我々千早組として、来てくださった女性をもてなすことも出来ないとは千早総長の名が廃れてしまいます。どうか少しだけ時間を貰えませんか」
じっと真剣な顔で誠を見つめていた千早 拓人はふと顔を背けると、目の前で跪き手を差し出した。……え、何? ボク何かした? 困り果てて誠を見ると、こちらも面食らったような顔をしていた。目が合うと、肩を竦めてお手上げだと言うジェスチャーをしてみせた。
……ここで選択肢が2つある。千早組の内情を探るために、危険を犯して踏み込むか。もしくは、ここで引き返し、情報を守り通すか。