氷山の一角
はぁ……お腹空いたなぁ。
自室の中、明日の準備のため、無駄に小さいカバンに無駄に化粧道具やら絆創膏やらソーイングセットやら、やたら女子力が高そうなものをぶち込む。
女ってメンドクサイ! なんで少しずつしか食べちゃだめなの!? 少食化なの!? ばぁぁあかっ!!((
翔はめちゃくちゃスパルタだし、ボスはすぐベタベタ触ってくる(その度に吹さんの拳がめり込んでる)し、紅ちゃんはやけにそわそわしてるし、葉はニヤニヤしっぱなしだし、珍しく涼は優しいし気持ち悪いし、まともなのは吹さんだけだよおお!!
え? 誠? 誠はいつもと変わらず……あ、女として接してくるのはやめてほしい。れでぃーふぁーすと? だっけ、無駄に発音いいし訳わからないし意味聞いたらドヤ顔してくるしうっとおしい。一応私立中学だったとはいえ学力は高卒以下だし……
え? れでぃーふぁーすと位小学生でもわかる? んな馬鹿な。そんな事を頭に巡らせていると、ボスが部屋のドアからひょっこりと顔をだす。
「かーおるん! 今日も可愛いな」
「コロス」
取り敢えず雑音が聞こえたから顔面に拳をめり込ませたけど、何にも聞こえなかったよね、うん。何も聞こえなかった。
「いっ……、な、かおるん! 準備出来たー?」
「当たり前だろ、ボスみたいにバカじゃないんだしバカ」
「そういうさー、バカバカばっかり言ってると拗ねちゃうよ〜!?」
「勝手にしろ……」
オーバー過ぎるリアクションに何か懐かしいものを感じつつ、でもムカつくから鞄をぶん投げる。
「こら〜!物は丁寧に扱えよ〜! 女の子なんだろ?!」
「女の子じゃねーよバカ」
「またバカって言ったな〜!? もういい、拗ねる」
「そこでしゃがみこまないでくれる?邪魔なんだけど」
「…………」
「なぁ」
「………………………………………………」
「ちょ、ちょっと、ボス……?」
出入り口でしゃがみ込んで微動だにしないからちょっと心配になってきた……ちょっとだけだよ?
言い過ぎたかな、意外にデリケート、メンドクサイ。子供っぽい、精神年齢5歳。流石にヤバイか?と思って顔を覗き込む。その瞬間……
ボスが急に起き上がって無言で抱きしめる。ちょうど頭1個分の身長差があるので目の前が真っ暗になり、力が強くてびっくりした。精神年齢5歳でも成人男性 (さらにマフィア)なんだなー、と妙に冷静に考えている自分の頭になんか感動する。はぁ、温かいなぁ。
「ちょっと、苦しいんだけど……」
「香、お前もいなくなるの……?」
「聞いてんの? なぁ?」
「マフィアとかやってるとさ、仲良くなっても皆すぐ死んじゃうじゃん」
「おーい……?」
「だから俺さ、お前だけは殺させないように、1から育てて守ろうって思ってた」
「…………」
「なのに、お前までいなくなるの?」
「バカか、ボクは死なねーよ。ボクの事が信じらんないの?」
そう言ってボスの頭を撫でる。ふわふわで柔らかい髪の間に指がとおる度に肩に頭の重みがのしかかる。ホントに、子供みたいなのに、ちゃんとボクの心配もしてて、守ってくれて、それでもって普段の部下に見せるカリスマ性溢れる大人の余裕と色気、なんの悩みも無さそうに見える妖艶な笑みと、幹部にしか見せない明るく表情豊かな振る舞いの裏側に、普段見えない闇というか、なんというか……を見てしまったような気がして、母性本能? って言うの? が疼く。
「こんなに細くて、か弱くて軽くて儚い奴なんて、信じられっかよ……」
「守ってくれるんだろ?」
「守れねぇよ……俺だって人間なんだから、手の届かないところに行かないでくれよ……」
「バカか、ボスが行けって言ったんだろ? ボクは帰ってくるからさ……ボスは何も考えず笑って見送ってくりゃいいんだよ」
「香……俺、バカだから、バカみてぇなお願いしていいか?」
「なんだよ」
「“ボス”じゃなくて“蓮”……最後に1回でいい、名前で呼ばれてみたい」
「……わかった。蓮、行ってくる」
そこまで言うと、ボスも満足したのか、肩の重みがすっと消える。と同時に息苦しい程に身体を締め付けていた力も解けて、ぬくもりが離れる。
「あの、盛り上がってるところ悪いんですが」
「かっ、翔!? いつからいたの!?」
「あれ、かおるん気づいてなかったの? なーなー聞いた? 名前、呼んでもらっちゃった☆」
ニヤニヤしつつボスが翔の方を振り向き、どーだと言うように拳を自身の胸に当てる。
「はぁ、バカバカしい。あのですね、ボスの名前は気軽に呼んでいい物じゃないんですよ? 個人情報の流失は命に関わるんです。本名を知ってるのは俺とボス自身、そして今、三室さんだけ」
「ご、ごめん」
「たまたま聞いてたのが俺で良かったですよ、小声で言ってたので他の人は聞いてないと思いますし」
「な〜らいいじゃん! なぁ、細かいことは気にすんなよ!」
「まぁ、そうですが……、というかそもそもパーティーって1日だけですよね? そんなに盛り上がる必要あります?」
「……ヤな予感がすんだよ。ま、ただの予感だけどな!」
「不安になるからやめてくれよ……」
「大丈夫ですよ、ただの予感なんですから。それにたった1日、鮮やかで慎ましい女の子を演じるだけなんですから」
(ここで、ボスの感がいい……特に悪い予感の時は、なんて言えないですよ。三室さんには悪いですが)
「鮮やかで慎ましいって……ねぇ」
普段聞かぬ翔の冗談に3人で笑いあった幸せは、徐々に勢いを増し、紅ちゃんと葉が乱入したり、誠が顔を出したりして、6人で賑やかに過ごした儚くも瞬間しか味わう事のできない幸せが香を包む。
自分が、幸せな時間は瞬く間に過ぎ去る、なんて短い人生の中で得た教訓すらも忘れてしまうほどの快楽に酔っていただけなんて、幸せを失ってから気づくようなことは今は全部忘れてしまって、愚かに、愚鈍になっていよう。