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銀杖と騎士  作者: 三島 至
【第一章】一度目のアレイル
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魔術師団団員の心配

 二人目に問い詰めた団員も口を濁したが、ヴァレルの後に、部下である魔術師のディアン・アロンストが執務室へ入ってくると、状況は一変した。


「おや、団長おかえりなさい。お久しぶりですね」


間延びした声で呼ばれて振り返ったヴァレルは、また矛先を変える。


「ただいま、ディアン丁度いいとこ来たよ、ちょっとこの状況説明して!」


唯一平静そうな男に早口で言い募った。


 ディアンは、フィリアンティスカの古参の侍女、ケイラ・アロンストの夫だ。

 おっとりとした三十台後半の優男で、下がった眉が彼を気弱そうな印象に見せている。

 見た目通りのお人好しでもあるが、魔術師としてはヴァレルよりも先輩で、苦境に耐え抜く強い精神と根性を持っている。

 彼はヴァレルが団長になる前、今よりもっと魔術師が冷遇されていた頃から、魔術師として働いているのだ。


 ディアンが、「ああ、これはですね」と先陣切って話したところ、死体達は一斉に動き出し、我も我もと口々に思いを喋り始めた。


「騎士隊副隊長とフィリアンティスカ王女の婚約が決まってから、ヴァレル団長が引きこもってしまったから……よほどショックだったんだなと……」

「何年も告白し続けていたから、立ち直るまで時間がかかるでしょうし……」

「哀れで……」

「『また振られたんですか?』なんて茶化していたけど、本当に失恋するとは思わなかったんです」

「実は王女様とは脈ありだと思っていました……」

「俺団長の恋、結構真剣に応援してたんですよ」

「私も……」


 ディアンが事情を端折って簡潔に説明した途端、二番手以降は遠慮無く言葉を重ねてくる。傷心のヴァレルに、いの一番に話しかけるのは勇気が必要だったようで、団員達は躊躇っていたらしい。

 話を簡単に纏めると、こういう事である。

 死屍累々といった様子の団員達は、ヴァレルの失恋に胸を痛めていたのだ。

 こうも心配をかけて申し訳無く思ったが、正直慕われているようで嬉しいヴァレルである。

 彼らが団長の恋路をここまで気にかけてくれるとは思っていなかった。

 騎士分忙しさにかまけて、魔術師塔に顔を出さなかった事を少し反省する。

 実際は恋人の愛称を呼ぶ権利まで手に入れて、かなり順調だと浮かれていたので、本当にいらぬ心配であった。余計に申し訳ない。

 フィリアンティスカの婚約者が、ヴァレル本人だと知る者は居ないので、多少仕方の無い事ではあるのだが。


「ところで、マキアス君は?」


 これだけ騒いでも腹心の部下がやって来ない。ヴァレルがマキアスの名を出すと、幾らか場が静まった。

 騒がしい音が止んだのを見計らったかのように、奥の資料部屋から扉が開く音がする。目を向けると、探していた人物が憮然とした表情で頭を出していた。


「遅いお帰りですね、団長」


「マキアス君こそ~、やっとお出ましかい? あれ? 何でマキアス君は泣いてないの?」


「お出ましかい、じゃないですよ……それはこっちの台詞です。それに何で泣いている事前提なんですか。いい大人が慰めて貰えるのが当たり前だと思わないで下さい」


 マキアスの目元は全く以っていつも通りで、涙に濡れた跡など見受けられない。

 態度も変わらない……ように見えるのだが、やや不機嫌そうにも感じた。些か乱暴に扉を閉めるマキアスの動作を目で追う。

 見たところ、団員達は泣きながらも仕事はこなしていたようなので、淀んだ空気は鬱陶しかったかもしれないが、マキアスの手を煩わせる程ではなかっただろう。しかしマキアスの様子が少し違うのも確かだ。

 もしや彼も団長の失恋に何か思うところがあったのだろうか――「今日はいつになく辛辣だね~」と、暗に何かあったのかとヴァレルが問い掛けると、顔を逸らされた。


「……ちょっと複雑なだけですよ」


 マキアスは資料部屋から持ち出した数冊の本を机に置こうとしたようだが、目測を誤ったのか、バラバラと床に落としていた。

 彼らしくない失敗に、どこか引っかかるものを感じながらも、それ以上深くは尋ねずにマキアスから目を離した。

 マキアスとのやり取りを見て、ヴァレルの傷の深さを勝手に想像したらしい団員達が、「無理して元気な振りしなくていいんですよ……?」「見ているこっちが辛い……」とヴァレルに気遣わしげな言葉を掛けてくる。

 団長冥利に尽きるな、と込み上げるものがあったのだが――「ただでさえ魔術師の肩身は狭いのに……どうせ会議で『振られ虫』ってぼろくそ言われているんでしょ……?」「不満を溜め込まないで下さいね……後から一気に爆発して当たり散らされると迷惑なんで……」と続いたので萎んでしまった。彼らは別の心配が大きかったらしい。

 腫らした目の女性団員が、ヴァレルを見上げながら、「騎士隊副隊長の事、呪っちゃ駄目ですよ? いくら団長でもクラヴィスト家に手を出したら只では済まされないですからね、私達も巻き添えくうのはごめんですよ!」と念を押すものだから、「君らは俺を何だと思っているの」と問い質したくなった。


「団長、これからまたボロクソ言われに行くんですよね?」


 決定事項のような聞き方に、思わず乾いた笑いが漏れる。


「確かに毎度言われているけどさあ~。せめて普通に『会議』って言ってよ、俺別に苛められに行く訳じゃないからね?」


「似たようなものじゃないですか~」


 和気藹々とした掛け合いに、集まっていた団員達からも笑い声が上がった。その勢いに乗せて、「俺は大丈夫だから、皆心配してくれて有難う」と、もう気遣いは無用である事を告げる。

 団員達は仕事の手を止めたまま暫く席に戻っていないので、そろそろマキアスの叱責が飛ぶだろうかと、ヴァレルは再び視線を巡らせた。いつもなら団長に懐き過ぎる団員達に呆れながら、「早く仕事に戻って下さい」と追い払う頃合いである。しかし今日のマキアスはやはり様子がおかしく、どこかぼんやりとしながら、既に角の揃った書類の束をいつまでも整えていた。

 仕方が無いので、「ほらほら、俺はこれから会議だから、皆仕事頑張ってね~」と自分で部下を散らせた。





 今日も今日とて実にならない会議である。

 見慣れた顔ぶれが集まる会議室の椅子に腰掛け、開始を待つ。遅く来た訳では無いのだが、ヴァレルの他には一人しか来ていなかった。先にいたのは、朝アレイルとして会ったばかりのダグラスである。ダグラスが時間に遅れて来る事はめったに無いが、国の重鎮達はのんびりと構えている事が多い。口の達者な王の側近は、今日も遅刻だろう。

 決められた時間を過ぎてやってきた者達は、遅れた言い訳も無く、無駄話をしながら席につく。ようやく全員が集まった頃、国王が最後に部屋へ入ってきた。

 朝ダグラスと交わした会話から、国王の考えを知ろうと考えたヴァレルは、会議中注意深く国王の様子を窺った。フードで視線の向きは悟られないはずなので、他の者から咎められる事無く見る事が出来る。

 国王は眉間に深い皺が寄っているため(いかめ)しく見えるが、殆ど表情を動かさない。何の感情も感じられない無表情に、ヴァレルは王の真意を読み解く事は出来なかった。


 議題は騎士隊による魔物討伐の事と、近々隣国ロッドエリアからやってくる使者の事である。

 使者としてやってくるのは、ロッドエリアの王弟だ。幽閉されているナイトカリスの王妃の、二番目の兄にあたる。

 来る日に備えて、いつになく会議は真面目に進んだ――という事は無かった。


「恐ろしい魔術師を罪の塔から出せなどと、戯けるのもいい加減にしろ、エンフィス」


 他の者の発言を許さないと言うように、会議の舵を取るのは、相変わらず無駄に態度の大きいこの男。王の側近だ。

 ロッドエリアとこれからも友好を保っていくつもりなら、王妃をいつまでも閉じ込めて置くのは得策では無い、と言ったヴァレルへの返事がそれだった。

 いい加減にして欲しいのはこちらの方である。

 王妃は何の罪も犯していない上、元々政治に関わってもいなかった。塔から出した所で弊害など無いはずである。

 王妃は強い魔術師であるが故、魔術を扱えぬ人間に報復する手段などいくらでも持っている。だが魔術師の風評を思って、不当な扱いを受入れているのだ。彼女にはむしろ感謝するべきだというのに。

 ヴァレルは幾度と無く、王妃を塔から出すべきだと説いてきたが、意見が通る事は無く今日まできていた。


 ヴァレルの意見には全て反発する側近が、王妃の事を「恐ろしい魔術師」と称した横では、国王が無言を貫いている。

 王妃の処刑には決して頷かない国王だが、彼女を罪の塔から出そうともしない。


「じゃあロッドエリアの使者はどうするつもりです? 自国から嫁いだ王妃様の、ナイトカリスでの扱いにかーなり怒っているって話ですけど」


 以前の会議で「隣国が攻めてくるなど有り得ない」と豪語していた王の側近に、じゃあお前の意見を言ってみろとばかりに尋ねる。

 王の側近は「そんなもの」と馬鹿にしたように笑うと、完全に人任せの案を出した。


「我が国自慢の美貌の騎士殿に応対させればいい。クラヴィスト家の嫡男は隣国にもその名を轟かせているらしいからな。ロッドエリアの使者も、ナイトカリスきっての家柄を誇るアレイル・クラヴィストに出迎えられれば、気を良くするというものだ。そう思わないか、ゲルトナー」


 ヴァレルは空いた口が塞がらなかった。

 突然表の自分の名前が出た事にも驚いたが、考え無しに物を言う側近の頭の軽さにも呆れた。

 ロッドエリアの王族を舐めすぎである。騎士は万能だと思い込み過ぎていて、いっそ哀れだ。

 巻き添えを食らったダグラスは「それは……」と眉を顰め難色を示した。


「アレイルは優秀な男ですが……彼に任せたからといって、王妃様の件が解決する訳ではありません」


 ダグラスの意見は至極真っ当である。

 ヴァレルも、もっと言ってやれ! と思いながら、「騎士隊長さんの言う通りですって~」と援護するが、側近はヴァレルだけをじろりと睨み付けた。


「エンフィス、お前には聞いていない」


 会議なのに喋っちゃ駄目なのかよ、と文句を言いそうになったが、ダグラスの発言を邪魔してしまう気がして、一旦黙った。


「ではゲルトナー、お前はどう思う」


 側近に促され、ダグラスは「そうですね――」と暫し考える素振りを見せた。


「――ロッドエリアは魔術師の国です。国民の大半は魔術師だと聞きますから、王弟も魔術師だと考えるのが妥当でしょう。ナイトカリスの国柄、名門の騎士で迎えるのも良いのですが……魔術師が相手なら、こちらも魔術師を出してはどうです。ついては、ここにいるヴァレル・エンフィス団長に任せてみては。王妃様の事もありますし、魔術師を恐ろしいものだと考えるなら、対抗出来る者が相手をした方が良い」


 ダグラスの提案する内容は、使者との会談が悪い結果を呼ぶ事を仄めかしていた。既に王妃の事で揉めるのは避けられないと考えた上での意見だろう。それは、荒事になった場合、騎士では魔術師に敵わないと言っているのと同じだった。

 実際にその場で危害が加えられる事は無いだろうが。


「ゲルトナー、冗談が過ぎるぞ。顔も晒せぬ魔術師など、国の恥だ」


 顔を晒さない事に関しては言い返せないのだが、国の恥とは聞き捨てならない。


「お言葉だけどさ、騎士隊長さんの言う事も冗談じゃ済まないんだよ。国でいくら魔術師を嫌っていようが、他国から魔術師が消える訳じゃ無いのだから、魔術に対抗する術が無い以上、今の状況はただ徒に国力を削っているだけだよ」


 魔術師達の待遇改善に奮闘し、国に貢献してきたからこそ、国王に認められた魔術師団団長としてヴァレルはこの場にいるというのに、側近は端から理解する気など無いのだ。

 堂々と王の前で発言する事からも、王の側近という自分の立場に余程自信があるのだろう。


「口が減らぬな……いくら陛下がお許しになっているからとはいえ、王の御前で顔を隠した輩が何を言っても信用ならんよ。文句があるなら、今すぐそのフードを取ってみろ」


 痛い所をついてくる。しかしヴァレルが言い返す前に、「よい」と重い声が側近の追及を制止した。


「ヴァレルの素顔を暴く事は許さぬ。私が一度ヴァレルに与えた権利を、お前の勝手で奪うのなら、お前もヴァレルから理不尽に権利を奪われるべきだ……私は、ヴァレルが己の本分を全うしていれば、素性は問わぬと決めたのだ」


 静観するばかりの王が口を挟んだ事で、側近も納得したようには見えないものの、それ以上言葉を続けなかった。

 ヴァレルは内心助かったと思ったが、国王の事がますますよく分からなくなる。国王がヴァレルに望むのは、一体何なのだろう。今のところある程度自由にやらせてもらっているが、そのうち絶対に断れない無理難題を押し付けられるのではないかと疑ってしまう。


「……このエンフィスでは何を仕出かすか分からん。私はやはり、アレイル・クラヴィストを推薦する」


 一度話が途切れたが、また議題に戻った。

 いつの間にか王妃の幽閉問題は流され、ロッドエリアの使者に誰が対応するかといった話になっている。

 そして意外な事に、ダグラスと側近以外からもちらほらと意見が上がった。最後の承認以外では手を上げない者達が、「私もクラヴィスト殿が良いと思います」と賛成の意を示したのである。


「クラヴィスト殿なら間違い無いでしょうし」

「騎士の顔ですから」

「ゲルトナー隊長も買っているようですし、適任ではないでしょうか」


 散々『ヴァレル・エンフィス』として悪し様に言われた後で、『アレイル・クラヴィスト』を持ち上げられるのは微妙な気分だった。


「でしたら、クラヴィスト殿の補佐に、エンフィス殿がつけばよろしいのでは」


 名案とばかりに、そうすれば折衷案だと誰かが言ったが、当人のヴァレルは堪ったものではない。


(俺がアレイルなのに、二人同時に出来る訳が無い!)


 ダグラスを見れば、彼も「それが良い」という顔で頷いている。側近を見ても、「致し方あるまい」と折り合いを付けようとしていたので、ヴァレルは一人でその場を戦わなくてはならなかった。


「いや、国内では許されるとはいえね、自分で言うのも何だけど、フードを被った奴が国賓出迎えるのは良くないと思うよ!」


 纏まりかけた話を引っ掻き回した事で、側近の他にも面倒な顔をされたが、ヴァレルは必死になって抵抗した。


「俺は謹んで辞退致しますよ! 代わりに魔術師団のディアン・アロンストを推薦したいと思う」


 心の中でディアンに謝りながら、面倒な役割をベテランの部下に押し付ける。

 最終的には、ヴァレルの推薦は通り、使者の応対役は騎士アレイル・クラヴィストと、魔術師ディアン・アロンストに決まった。


 この日の会議はいつも以上に疲弊したヴァレルなのであった。




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