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銀杖と騎士  作者: 三島 至
【第一章】一度目のアレイル
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不穏な気配

 


 次の日、フィリアンティスカに会いに行くのは控える事にした。

 婚約者のもとへ足繁く通うのも大切だが、副隊長としての体面もある。ただでさえ魔術師団団長との二重生活で、時間を捻出するのが難しいのだ。勿論毎日でも、日に何度でも、むしろ一日中でも一緒にいたい所だが、現状恋に現を抜かして仕事を疎かにする訳にもいかない。フィリアンティスカと会うのは三日に一度に留めた方が良いと判断した。



 恋人らしからぬ表情のフィリアンティスカに、「ではまた三日後に伺います」と告げて別れたのは昨日の事。

 騎士塔内の自室で目を覚ます所から、アレイルの新しい一日が始まる。

 魔術師ヴァレル・エンフィスになりたての頃は、騎士との両立が上手くいかず、仕事をしながら魔術師塔で眠ってしまう事がよくあった。そういう時は、朝になって慌てて騎士塔に戻っていたが、基本的に眠るのは、魔術師塔では無く騎士塔だ。

 魔術師のヴァレルが自室にいなくても、また転移魔術でどこかへ行っているのだと思われてさして問題にはならないが、騎士のアレイルが頻繁に騎士塔から姿を消していれば不審に思われる。

 何せ塔の階段は長い。

 頻繁に外出していれば必ず騎士の誰かに見咎められるはずなのに、その形跡も無いアレイルが自室にいなかったとなれば何かを疑われても仕方が無いのだ。


 眠る時に着る衣服は薄手の上下だが、まだ着替えない。

 洗顔を済ませると、騎士の上着も部屋にかけたまま、アレイルは剣を持った。

 続きになっている副隊長室に入り、机の上の書類を一瞥して、今日の予定を確認する。前日分で滞っている仕事は無いはずだ。

 窓の外に目をやると、まだ早朝である。これから汗を掻きに行くので、薄着のまま薄暗い廊下へ出た。

 アレイル以外はまだ眠っているらしく、他の騎士は見当たらない。

 人目は無かったが、静まり返った部屋には、廊下の靴音も響く。アレイルは転移魔術を使わずに、徒歩で長い廊下を下りていった。



 訓練場には先客がいたが、予想通りというか、いつもの事だったので驚かなかった。普段なら彼が朝部屋を出る時に、アレイルは物音で覚醒するのだが、今日は眠りが深く気付かなかったらしい。

 日の出前に外の訓練場に居るのは、アレイルともう一人。薄明の中で剣を振っているのは、ダグラスだった。

 剣の当たらない位置に近寄って行くと、ダグラスがアレイルに目を留めて剣を下ろした。

 アレイルが先に抑揚の無い声で「おはようございます、隊長」と挨拶をすると、ダグラスは手の甲で額の汗を拭いながら「ああ、おはよう」と返した。


「お前も早朝訓練か。毎朝律儀だな。他の騎士も見習って欲しいもんだ……まあ俺みたいな団長に言われても誰も聞きやしないが」


 アレイルはダグラスの自嘲を否定したかったが、実際、実直に自主訓練に励む騎士は居ない。

 ダグラスだけが原因では無いのだが、彼の弱気を庇いきれる要素が今は浮かばなかった。

 騎士隊内での強い身分意識を払拭するのもそうだが、ダグラス自身に、身分関係無く人を従わせる風格が備わっているかと問われれば、否と言う他無い。髭面の見た目はいかついが、目元の笑い皺や砕けた話し方から、人の良さが滲み出ているのだ。

 良い父親といった風情だが、自尊心が高い貴族の部下達には、頼りなく見える事もあるのだろう。

 そんなダグラスにアレイルは親しみを持っているし、尊敬もしている。

 何より、アレイルは剣の腕でダグラスに及ばない。鍛えた年数も戦ってきた数も、ダグラスが格段に上だ。


 そもそもアレイルは、生まれながらに膨大な魔力を持ち、魔術を扱う才能は他の追随を許さぬ程であったが、剣に関しては人並みでしか無い。

 アレイルは昔王妃に言った通り、努力を怠らなかった。

 剣の才能で言えば、素質はあったのかもしれないが、死に物狂いで鍛えなければ他者に追い抜かれる程度のものだった。

 抜きん出て優秀だった訳では無い。縁故で入った貴族出身の騎士の大半が怠けていたから、アレイルが特出して見えただけなのだ。

 努力を始めたのが、人より早かったから。多少無茶をしても、魔術で体の傷を癒す事が出来たから。

 アレイルは、二十三歳という若さで副隊長にまでなれた理由を、そのように捉えている。

 家柄が良いという事もあるし、隊長であるダグラス・ゲルトナーに目をかけてもらえた事も、理由ではある。

 アレイルの前に副隊長を務めていた者がちょうど引退したため、騎士隊内で隊長の次に強かったアレイルが副隊長に任命されたのだ。

 運が良かったのだろうし、身分や、周りの人や、時期に恵まれたのだという事も分かっていた。だが、アレイルは誰よりも努力してきたし、その事実を「運が良かった」というだけで片付けられるのは納得が出来ない程度には、彼にも誇りがあった。

 皆が切磋琢磨し、ダグラスのように堅実な騎士ばかりであったなら、アレイルは一騎士に過ぎなかっただろう。


「隊長、訓練に付き合ってもらえませんか」


 だから、目指すべき騎士が上にいるのは有り難い。

 ダグラスがいるから、まだ腐らないで済む。

 アレイルは剣を構えて、騎士隊最強の男を見据えた。

 ダグラスはにっと笑って、「おう、いいぞ」と不敵に挑戦を受けた。


 相手が構えた瞬間に切り込みながら、アレイルは考える。


 魔術師の地位を向上させる事を望んでいたはずだ。だが憧れた騎士でさえも、実際は平和に胡坐を掻いた脆弱な集団に過ぎなかった。

 騎士も、魔術師も。ナイトカリスは平和に慣れ過ぎた。アレイル一人の手に余る深刻な状況である。

 ヴァレル・エンフィスとして出席する会議で、度々議題に上がる隣国との関係も、皆楽観視しているが、悪化していると見た方が良い。このきな臭さに誰も彼も無関心である事に、アレイルはどうしようもない焦燥を抱いていた。


 部下と打ち合った時とは違い、じわりと汗が滲んでくる。

 剣戟の中研ぎ澄まされた感覚は、打撃から相手の思考を読み取る。ダグラスの表情は真剣そのものだが、追い詰められているようには見えない。ほんの手合いで、実力を出し切っているようでも無いが、手を抜かれている訳でも無さそうだ。アレイルとて押されているつもりも無いが――まだダグラスには勝てない。そう思った時、甲高い鋭い一撃に、手に持った剣が弾かれる。

 得物を失ったのは、アレイルだった。

 今来たばかりのアレイルの方が、体力に余裕があったはずなのに、ダグラスにとってそんなものは少しも不利にならなかったようだ。

 剣はくうを舞い、重い音を立てて、固い土の上に落ちた。

 二人の間から戦意が消える。

 遠くに転がった剣を拾いに行ったアレイルの背中に、心中を見透かす声が掛かった。


「ロッドエリアの事か?」


 他の事が頭を占めていたのはお見通しで、何を考えていたのかまで当ててくる。

 分かっているなら説明は不要と、アレイルはそのまま会話を続けた。


「……隊長は、今の情勢をどう思われますか」


 剣を掴んで立ち上がり、振り向かぬまま問いかける。

 実りの無い会議でも、国の重鎮達は「騎士さえいればナイトカリスは安泰」の一点張りだ。騎士を束ねるダグラス本人が否定したところで話が通らない事も、ヴァレルの時に見聞きしたため知っている。


「良くないだろうな」


 ダグラスも先の会議を思い出したのか、溜息交じりに返した。


「アレイルも知っているかも知らんが……ナイトカリスでの王妃様の待遇が耳に入ったらしくて、今ロッドエリアから抗議が来ている。王妃様は嫁いでくる前、大層人望に厚い王女様だったらしい」


 ナイトカリスは一夫一妻の国だが、国王のみ側室を持つ事を許されている。だが現国王の妃は、ロッドエリアから輿入れした王妃一人である。

 既に世継ぎもいるため、他に妃はいらないと国王は言明していた。そして王妃の命を奪うつもりも無いと。

 国王の鶴の一声と、ヴァレルの尽力もあり、今では誰も表立って煩くは言わないが……未だに「王妃を処刑せよ」と囁く輩もいる。

 王妃はまだ、罪の塔に幽閉されたままだ。

 その噂が確かな事実として、ロッドエリアに流れたらしく、自国から嫁いだ王妃への仕打ちに国民は憤った。

 ナイトカリスとロッドエリア、国家間の関係は今や最悪だ。

 もはや、「隣国が攻めて来る等有り得ない」と言っていられる状況では無い。


 魔術師を蔑ろにする国風だが、この体たらくで何が騎士の国なのか。戦争が起こったとして、まともに戦える兵など禄に居なかった。


「……陛下も、何か考えがおありなのか……側近達と違って楽観的では無いご様子だから、君主としては頼もしいのかも知れないが……妙に、落ち着き過ぎているんだよな」


 アレイルもダグラスの言葉には同意する。

 国王がただのくぐつでは無い事は確かだ。

 ロッドエリアから王女を娶ったのも、隣国との友好を深めるため。王妃本人が魔術師である事を隠していたとはいえ、「魔術師が大勢いる国から娶るなど」と反発意見もあった。だが側近達がどれだけ言おうと、王は結婚を取りやめなかった。

 ヴァレル・エンフィスを重用している事からも、王がナイトカリスにとっての魔術師の在り方を変えようとしているのは伝わってくる。

 しかし口煩い側近達を切り捨てようとはせず、多くの意見を聞こうとするので、暴君と言う訳でも無い。

 それでも何か引っかかるのは――


「……陛下は、何か諦めておいでなのでしょうか」


 アレイルはまだぼんやりと形にならない疑問を口にした。

 言葉にして納得する。国王は、行動はするが、熱意が無い。

 機械のように淡々と進めている印象だ。

 まるで全て結果を知っているかのよう。それでいて、瞳に希望は宿っていない。


「どうだろうな」


 ダグラスも答えは持ちえず、気の無い返事を返すばかりだった。



 日が昇りきって、辺りがすっかり明るくなると、他の騎士達が訓練場にやってくる。

 彼らがまばらに集まってきたのを見て、アレイルはダグラスに礼を言うと自室に引き返す事にした。

 朝訓練の後は大抵、各々が食堂に流れて朝食を取る。アレイルは一足先に早朝訓練をこなしているので、皆とは違う流れで一人食事をする。

 訓練の監督をする騎士も一応いるが、ダグラスも一緒に訓練する事が多い。逆にアレイルは個人訓練を多く取って、書類仕事を理由に塔へ引き下がるのが常だ。

 たまに訓練場に顔を出すと騎士達は酷く緊張するので、毎日一緒に剣を振る事はしない。

 この後は湯を使って汗を流し、今日も塔で仕事を捌く。

 そして人知れずフードを被り、魔術師塔へ移動するのだ。





 婚約が決まってからというもの、アレイル・クラヴィストの方が忙しかったため、ヴァレル・エンフィスになるのは久しぶりである。

 アレイルの自室で装いを整え、転移魔術で魔術師塔の執務室へ飛ぶ。忘れずに魔術で声を変えて、ヴァレルは意気揚々と扉を開け放った。


「おはよう皆の衆~! お待ちかねの団長だよ~」


 暫く来なかったから、副団長のマキアスにどやされる事を覚悟で、あえて「お待ちかね」と言ったのだが、執務室の雰囲気はヴァレルの予想とは違った。

 てっきり、「どこほっつき歩いてたんですか。探すの困難なんですからふらふらするのも大概にして下さいよ……。居ない間に仕事も溜まっていますよ、全く……」と開口一番マキアスの説教が始まると思っていたのだが、団員達の表情は暗く、当のマキアスも見当たらない。

 団員達はほぼ全員執務室に詰めていたが、場にはどんよりと重い空気が漂っており、各々が沈んだ顔で仕事をしていた。


「え、何この空気?」


 周囲に視線を巡らせながら、マキアスの姿を探す。普段なら、ヴァレルの陽気な挨拶に団員達も元気に返してくれるのだが、今は返事をしてくれる者は居ない。

 仕方が無いので、一番近くにいた女性団員に事情を聞きだす事にした。


「ねえ、マキアス君知らない? あと何で皆元気ないの?」


 声を掛けた相手は、「ううっ……団長……」と何か言いかけた後、手で口を塞いで、顔を逸らした。その目には涙が滲んでいる。

 よく耳をすませば、そこかしこから鼻をすする音や小さな嗚咽が聞こえる。しかも小さな声で「団長……」「ヴァレル団長……」と言っているのだ。


(何これ、俺のせい?)


 自分の居ない間に一体何があったのか。


「全然状況は読み込めてないけど、仕事はちゃんとしていて偉いね? でも説明して?」


 埒が明かないので、フードの奥の目を合わせて、尚も問い質す。

 ちなみにヴァレルはフードで目を完全に隠しているが、特殊な加工(魔術)によって、内側からは外の様子が見えるようになっているので、視界に不自由は無い。

 涙目で鼻の頭を赤くした女性団員は、「私の口からはとても……」とぐずつくので可哀想になり、男性にターゲットを変える。俯いていた男性団員のローブを引っつかんで、「状況、説明!」と端的に要求した。




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