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銀杖と騎士  作者: 三島 至
【第一章】一度目のアレイル
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謀反の理由/マキアス、ミュア視点

 

 幼子に物語を聞かせるような優しい声で、でも無愛想に、ミュアは淡々と言葉を紡ぐ。


「マキアス副団長は、良い夢を見た朝は、どんな気持ちになりますか」


 問いかける形だが、返事は待たない。意見を求めている訳では無いのだろう。

 彼女は間を置かずに続けた。


「――例えば、幼い頃とても仲が良かった子と、一緒に笑い合っている夢。大好きな両親と、食事を囲んでいる夢……」


 マキアスのすぐ側の床にぺたりと座りこんで、膝を抱える。目を合わせるでもなく、どこか虚ろな視線で、謎かけのような事を羅列する。

 どこか危うい雰囲気の彼女に、マキアスは、まともに相手をするだけ無駄だと思いながらも、静かに耳を傾けた。

 マキアスには、幼い頃仲が良かった人なんて居ないし、両親も夢に現れなくなって久しい。

 続く悪夢に、たまに紛れ込む良い出来事と言えば、恩人に出会った日の事くらいだ。


「良い夢だったな、って、幸せな気持ちになりますか?」


 ミュアの問いに答える気はなかったが、マキアスは、夢を見るなら良い夢の方がいい、と思った。

 隙間風のふく小屋は、寒さも痛みも鮮明で、今もなお、彼を苛む悪夢だ。


 無言を貫くマキアスを一瞥もせず、ミュアは自分が見た夢の話を語った。

 話し振りからそれは、ミュアが幼い頃、現実にあった話のようだった。







 ※


 ミュアは温かな家庭で生まれ育った、天真爛漫な子供だった。


 兄弟はいなかったが、健康で働き者の、優しく愛情深い両親がいた。


 生活に困らない程度には裕福な環境にあって、食べる事も遊ぶことも大好きで、そして何よりミュアは、知識を吸収する事に貪欲だった。

 教養を得る事に関して、両親は非常に協力的だった。勉学に関しては、望めばいくらでも学ばせてもらえた。

 ミュアが暮らしや家族に対して不満に思う事など何一つ無かった。


 早くから文字覚えたミュアは、父が自由に見せてくれる蔵書を、朝起きてから夜が更けるまで、夢中で読む事もしばしばあった。家の手伝いもせずに本の虫になるミュアを、母は一度も叱る事なく、日に二度食事を運んでくれた。

 ただし、本を夜通し読む事だけは許されなかった。家中の明かりが落ちる頃になると、「明日も朝早くから読んだらいいわ」と母が優しく囁いて、ベッドまで導いてくれる。そこには既にベッドに入った父が居て、上掛けを捲り、ミュアと母を呼び寄せる。

 ミュアを真ん中にして、『あったかいね』と笑いながら、一緒の掛け布にくるまって眠って、気が付いたら朝になる。


 母が寝室へ誘う時間になるまで、沢山の本を読める事も、家族皆で寄り添って眠りにつく事も、どれだけ幸せな事だっただろう。

 あの頃ミュアは、誰よりも満たされていた。







 ※


 ミュアは一度言葉を切る。


「――私は、良い夢を見た朝は……悲しくて、辛くて……辛くて、いつも、酷く泣いてしまいます」


 彼女はここで初めて、少し苦しげに、表情を歪めた。幸せな夢を語る顔では無かった。


「だってもう戻らない。二度と手に入らない。夢の中が幸せであればあるほど、幸せだった頃の幻を追いたくなってしまう」


 自分の境遇を嘆くように、世の中の理不尽を嘆くように、段々と語調が荒くなる。


「マキアス副団長は、大変な目にあってきたのに、無欲な人ですね。今は満たされているんですね。でも私は不満だらけです。人より幸福を知っている分、余計に貪欲になる」


 だから仕方無いんです。そうぽつりと呟くと、また感情が抜け落ちたように静かな声になった。







 ※


 幸せが壊れたきっかけは、初めての友達が出来た事だった。


 家の中だけで完成していたミュアの世界に、ある日、一人の少女が加わった。

 父親――とある貴族であるらしい――に手を引かれてやってきた、同じ年頃の、銀の髪が綺麗な女の子。

 銀髪の女の子は、ナイトカリスの下級貴族の娘で、名前をルイサといった。彼女の父親はルドルフと名乗った。

 一目惚れのようなものかもしれない。ミュアは彼女を見てすぐに大好きになった。


 その親子と、しばらく一緒に暮らす事となった。

 何故二人がミュア達の家に来たのか、詳しい事情は分からなかった。どうやら父の仕事仲間らしい、という事だけは、親同士の会話で何となく漏れ聞こえてきた。


 子供達だけで遊んでいなさい、と二人で放って置かれる事が増えても、ミュアは少しも寂しくなかった。もともと一人遊びは苦では無かったし、何より新しい友達に夢中だったからだ。


 沢山の本を読んで蓄えた知識を、ミュアが披露すると、ルイサはすごい、すごい、と手放しで褒めてくれる。ミュアは得意になった。ルイサが何でも聞きたがるので、ミュアは尋ねられた事に何でも答えた。


 ルイサは自分の話をするよりも、ミュアの事について知りたがった。特に、誰にも話していない秘密について、一番の友達と共有したいのだと、ルイサはミュアを誘った。

 美しい銀髪に魅了されて、ミュアは、家族以外に見せてはいけない、と言い含められていたにも関わらず、書斎へルイサを連れて行った。


 ルイサに好かれたい、ルイサを喜ばせたい。この頃のミュアは初めての友達に煽てられて、舞い上がって、殆どルイサの言いなりと言っても良かった。親の言いつけなど、子供の欲求の前では殆ど無意味だった。

 ただ、少し罪悪感はあった。両親に見付かれば叱られる、という程度の想像は働いた。だから、ただルイサに従うのではなく、彼女の知りたがりについて、ミュアは尋ねた。


「どうして、秘密を知りたいの?」


 ルイサは、彼女自身もよく分かっていないように、少し首を傾げて、でもこれだけは確かだと言うように、理由を告げた。


「お父様が、褒めてくれるから」


 友達と秘密を共有する事が、なぜ父親に褒められる事に繋がるのか、ミュアにはさっぱり分からなかった。だが、両親が大好きなミュアは、父親に褒められたいという気持ちには深く共感した。

 ルイサが父親に褒めてもらえるように、彼女を手伝ってあげたいと思い、ミュアは少し残った罪悪感を振り払った。


 書斎には沢山の本があった。ミュアは殆ど読んだものなので、ルイサに、これは何の本、と尋ねられても、すらすらと答える事が出来た。


 その中に、魔術書もあった。


 表紙の紋様を食い入るように見つめたルイサは、納得したように頷いて言った。


「ミュア、わたし、お父様に教えてもらったことがあるの。この本、悪い国の本だよ」


「悪い国?」


「隣の国の、ロッドエリアってところ。これを持っていたら、悪い人だと思われちゃう。ミュアのお父様やお母様も、捕まっちゃうかもしれない」


「お父さんもお母さんも、何も悪い事してないよ、どうして捕まっちゃうの?」


「だってこれ、魔術師の本だもの」


 ミュアは、それの何が悪いの? と聞き返してしまう所だった。だがルイサの表情を見て、ぴたりと口を噤んだ。

 汚いものを見るように、道端の害虫を踏み潰すように、ルイサは魔術師について語る。


「私のお父様は、騎士なの。正々堂々と、王様や国民のために戦う立派な騎士。でも魔術師は、騎士と違って、卑怯な力を使って好き勝手にする、悪いやつなんだって。ロッドエリアは魔術師だらけの国だから、悪の親玉みたいなものだって」


 初めて聞く価値観に、ミュアは愕然とした。ミュアの認識とあまりに違っていた事も理由の一つだが、彼女が何も言えずにいたのは、自身を否定されたからだ。


 ミュアは魔術師だった。

 両親から、ミュア本人には自覚無く、英才教育を施された、魔術の秀才だった。


 ルイサは、珍しい銀髪で、可愛らしくて、聞き上手で、優しくて、一緒にいると楽しい、初めての友達だ。

 そのルイサが、魔術師は悪だと言う。


 口の中が乾いて、舌が喉に張り付く。息が苦しい。手足の先は冷たいのに、体は妙にあつくて、じっとりと汗が滲む。

 ルイサに今まで話した知識の中で、余計な事は言って無かったか、ばれてはいないか、どうしたら彼女に嫌われなくて済むのか、ミュアは回らない頭を必死で動かした。


 答えを導き出す前に、ルイサが助け舟を出した。


「……ミュア、ショックなのは、わかるよ。でも、誤解されちゃうから、この本は、すぐに捨てた方が良いと思う。……ううん、誰かに拾われたら大変だから、燃やしちゃったほうがいいかも」


 ルイサはまだ気付いていないのだ。

 ミュアやその両親が魔術師であるという事。

 まだ知られていない。魔術書は、偶然持っていただけだと思われている。


 きっと大丈夫。


「うん……」


 ミュアは、両腕の中に隠すように、魔術書を抱えた。


「ちゃんと燃やす。ルイサ、内緒にしてね……」







 ルイサは秘密を守った。

 ミュアはちゃんと分かっている。あの頃の二人は、真実友人同士だったのだから。

 だが秘密は露見してしまった。

 ミュアは本を燃やせなかったのだ。

 友情は失いたく無かったが、朝から晩まで読み込んだ大切な本を、粗末に扱う事など出来なかった。

 だから隠した。子供の浅知恵で、ルイサと話してからすぐに。



 ルドルフはルイサの態度から、娘が何かを見つけたらしい、と感付いたのだろう。

 ルドルフが、何も知らないルイサを誘導して、ミュアの家を探っていたのは明らかだった。最初から疑われていたのだ。


 ミュアが隠した魔術書を、ルドルフが見つけた。

 そしてその日のうちに、ミュアの家から火の手が上がった。



 ミュアの両親は炎に包まれて、あっさり死んだ。



 火事の時、ミュアは家に居なかった。いつものようにルイサと遊んでいた。

 その日は、少しだけ遠出をしていたから、両親が殺されるという時に間に合わなかった。


 両親も魔術師なのだから、ただの人間相手の自衛の方法など、いくらでもある。本来なら助かったのかもしれない。

 しかし、魔術書だけでは無く、両親の杖や魔術の媒体に使う道具も、全部移動させて、隠してしまっていた。

 大好きな両親が、悪人として捕まってしまわないように、ミュアがやった事だった。

 その結果両親を殺した。







 ルドルフは、貴族らしく傲慢で、魔術師を忌み嫌っている、典型的なナイトカリスの騎士だった。

 だが存外彼は優秀だったらしい。

 何せ初めて会った時、ミュアたち家族の団欒に混ざっていた時も、彼は穏やかで優しい、ただの父親だったのだ。

 蓋を開けてみれば、それは全て演技で、最初からミュアたちを殺すつもりで近付いてきたのだけれど。


 ミュアの両親は、ロッドエリアの間諜だった。ナイトカリスの人間では無く、もっと言えば、ミュアの本当の親ですら無い。

 ルドルフがミュアの家族に近付いたのは、騎士の任務のためだった。わざわざ小道具(ルイサ)を連れて、周到に取り入ったのだ。


 ミュアの両親は、ルドルフの親友の敵だった。

 そもそも足が付いたのは、ミュアが実の親のもとから、攫われてきた子供だったからだ。

 ルドルフの親友こそが、ミュアの本当の父親だった。そこから辿られた。


 任務だけでは無かった。ルドルフにとっては、復讐でもあったのだ。

 殺された親友の敵を討つという、その執念でもって、彼はロッドエリアの間諜を突き止め、拠点に火を放った。


 親友の子供だろうと、もはやミュアの事はどうでもよかったのだ。

 たとえナイトカリスの国民であろうと、生まれてすぐに魔術師に洗脳された、穢れた子供なのだから。



 ミュアは両親の目的など知らなかった。自分はごく一般的に、親の愛情をもらって育った、普通の子供だと思っていた。

 何故ミュアが、今生きて、両親の死の真相を知っているかといえば、ルドルフが勝手に語ったからだ。

 火事など知らず、呑気にルイサと遊んでいたミュアを、ルドルフが始末しに来た時に。


 ルドルフは、何の駆け引きも無く突然、ミュアに襲い掛かった。

 ミュアはロッドエリアの間諜に育てられた娘だ。知らず訓練された感覚で、幸運にも攻撃を躱す事が出来たが、それは偶然に近いものだった。

 ミュアの動きを見て、聞いてもいないのにべらべらと事情を語りだしたルドルフは、確実にミュアを殺すつもりであった。彼はミュアの中に、親友の敵を見ていた。その目には確かな憎悪があった。


 ミュアはこの時、本当に恐ろしかったのだ。優しかったルドルフが豹変し、家ごと両親を燃やしたと言い、ミュアに殺意を向けてくる。

 殺されるかと思った。死んでしまうかと思った。なりふり構っている場合では無かった。

 身に隠していた媒体を用いて、人を殺す魔術を放った。

 ルイサも見ている前で、ミュアは魔術を行使して抵抗した。手加減など出来なかったし、した事も無かった。


 そしてこの日、ミュアは初めて人を殺した。

 大好きなルイサが慕う、父親を殺してしまった。




 殺さなければ殺されていた。

 それに、先にミュアの両親を殺したのはルドルフだ。

 だから……

 だけど、それよりも前にミュアの両親が、ルドルフの親友を殺した。

 だから、ミュアの両親は殺された。

 だから、ミュアはルドルフを殺した。


 では、ミュアはどうなるのだ。


 我に返った時には、全て壊れてしまっていた。

 温かな家庭は偽りで、初めて得た友情は一瞬で、ずっと続くと思っていた幸せは壊れてしまった。


 血だまりの中で見上げた、ルイサの顔。

 きっと一生忘れる事が出来ない。







 ミュアは逃げた。

 逃げて、両親と同じ道を選んだ。


 ナイトカリスを裏切った訳では無い。ミュアは最初から、ロッドエリア出身の両親に育てられた、魔術師だから。

 実の親など知らない。会ったことも無い。覚えていない実の親よりも、ミュアを育ててくれた人達が、ミュアの親なのだ。

 両親は本当に優しかった。利用するために育てていたなんて嘘だと、ミュアは思った。絶対、ミュアを心から愛してくれていたに違いないと、ミュアは頑なに信じた。


 ルイサだってそうだ。父親に洗脳された様なものなのだから、彼女は被害者だ。

 親がナイトカリスの騎士でさえなければ。余計な事を吹き込まれていなければ。

 ずっと、今でも、ルイサはミュアの友達だったはずなのだ。

 騎士なんて。正々堂々なんて。皆のためなんて。嘘ばかりだった。

 ルドルフは全部自分の都合の良いように、騎士を持ち上げて、魔術師を悪く言っていただけ。純粋で、父親が大好きなルイサは、それを信じてしまっただけ。

 もし掛け違えが無ければ、ミュアはルドルフを殺さずに済んだ。ルイサにあんな目を向けられる事も無かった。

 そうでなければ。そう思っていなければ、ミュアにはもう生きる理由など無かった。







 ミュアは本人には気取らせず、離ればなれになったルイサの情報を集め続けた。


 ルイサはその後、親戚の世話になりつつ、何とか生活を立て直したらしい。

 美しい銀髪は年頃になると益々評判で、彼女は美貌で名を馳せた。一時期は、王女付きの侍女に抜擢されたほどだという。

 魔術師塔からめったに出ないミュアは、ルイサが王宮勤めだった時にも、彼女と道ですれ違うような愚行は決しておかさなかった。





 昔は何も知らなかったから、何も上手くいかなかった。

 今なら、もっと上手く出来る。

 両親は死なせないし、ミュアとルイサは親友でいられて、ロッドエリアも、ナイトカリスも、全部良くなる。


 全て正すのだ。

 目的を果たすためなら、ナイトカリスの騎士がいくら死んでも構わない。

 どうせ何もかも、無かった事になるのだから。








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