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銀杖と騎士  作者: 三島 至
【第一章】一度目のアレイル
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ロッドエリアの使者⑤/ダグラス、マキアス視点

 部屋を見渡すと、意外なほど敵は少ない。

 てっきり、もっと大人数で進軍しているものと思っていたが、ダグラスが倒した数人を除いても、自分とアズヴィランの周りに数えるほどしか居なかった。

 つまり二十にも満たない数で騎士を戦闘不能にしてきたという事だ。


 対して、ダグラスに味方は一人も残っていない。

 ここでダグラスが倒れたら、今度こそ全て終わりだ。

 どんな魔術を使ってくるか分からない以上、ダグラスも下手に動けなかった。


 ダグラスの肩書きを聞いた隊長らしき男は、つまらなさそうに「なんだ、やはり騎士か……」と呟いた。

 何かを待っていたのか、期待外れだと言いたげであった。


「ここに来る途中で殺した騎士どもは、足止めにもならなかったぞ。騎士の国が聞いて呆れる。目くらましなど、戦闘魔術の初歩中の初歩だというのに、それすら対応出来ないとは……己の剣で命を取られる様は、無様の一言だな」


 男は嘲りながら、アズヴィランの首を刃でそっと撫でて言った。「まだあの男は出て来ないか……我が国もなめられたものだ。父上が見限るのも頷ける」

 血が一筋、流れ落ちた。


「あの男……?」

 国王の事だろうかーーとダグラスが思ったのを代弁するように、険しい顔をした王子が聞き返した。

 自分の首から流れる血を拭う事もせず、身動き出来ないでいるが、王子の声は毅然としている。


「ああ、ロッドエリアの魔術師が束になっても敵わない男が、この国には居るだろう? ……いや、男かどうかは、実際には分からないが。何故出て来ない。王子の首がとられようとしているのに」


 話を聞くに、探しているのは国王の事では無いようだ。

「……アレイルの事か?」

 ダグラスは咄嗟に思いついた、完璧な男の代名詞を口にしたが、隊長らしき男は怪訝そうに片眉を上げた。


「誰だ、それは?」見当違いだと言うように、疑問を声にする。

 彼は数秒考える素振りを見せた後、自力で思い至ったらしく、「……ん、ああ、例の――ナイトカリス『きって』の」と頷いた。

 納得と共に、心底呆れ果てたような声を出す。


「見目と家柄だけが取り柄の騎士の事だと? そんなくだらない者と一緒にするな。私が言っているのは、千年に一度の魔術師と名高い、ヴァレル・エンフィスの事だ」


 自分と同じように、隣国が攻めてきた時の事を懸念していた魔術師の名前が出て、ダグラスは一瞬期待した。

(そうだ、ヴァレルが居れば……)

 彼がこの場に来てくれれば、アズヴィランだけでも助け出す事が出来るかもしれない。


 敵にとっては障害になりそうなものだが、男は何故か、ヴァレルを待っているような口ぶりである。

 しかしダグラスには、ヴァレルとの連絡手段が無い。

 ヴァレルが気付いてくれない限りは、この状況を切り抜ける事は出来そうもなかった。

 膨らんですぐに萎んでしまった希望を捨てきれずに、ただ男と対峙する。


 焦りから、ダグラスが「ヴァレル……」と溢した時の事だ。

 どこからか――会議で馴染みの、あの声が聞こえてきた。


『――お呼びですか?』


 敵の魔術師に囲まれた部屋に、男とも女とも、若いとも老いているとも分からない、不明瞭な声が響く。

 声の質は曖昧なのに、言っている言葉はよく聞き取れる、不思議な声だった。


 声に反応するように、アズヴィランが僅かに身じろぎする。

 彼は武術に秀でている訳では無い。抵抗するでもなく黙って剣を向けられていたが、声の主を探すように、動かせる限り背後へ目を向けた。


 アズヴィランが囚われている周囲の、景色が歪んだ。

 よく観察するとそれは、アズヴィランと、隊長らしき男の背後から広がっている。


 見た事がある現象だった。ダグラスはあまりに好都合な予感に、歪む空間を凝視して時を待った。


 灰色のローブをはためかせて――いつものように、不敵に唇に弧を描き、軽快な口調で語りかけてくる、ヴァレル・エンフィスを想像する。


(本当にヴァレルが――)


 人の形が浮かび上がった。

 しかし現れた色彩は、想像とは違った。

 灰色どころか、煌めく朝日だけを集めたように眩しい。

 艶やかに靡く髪は金色だった。

 翠緑の瞳が、端麗な顔をより一層神々しく彩っている。


「……は? あ?」


 ダグラスの口から、間抜けな声が漏れる。


 一瞬何かが光って見えた。すると、王子の首を狙っていた剣が、前触れも無く、砂になって風に流れた。少なくともダグラスにはそう見えた。


 ロッドエリアの隊長らしき男が、軽くなった己の片手を見て、顔色を変える。

 男は振り向き、そこに金髪に緑瞳の騎士を見た。悔しげに歯を噛むと、砂が零れ落ちて空になった拳を握りこみ、もう片方の手にあった杖を振る。


 振ったが、杖は空振りした。

 手に持っていた物が、後方に蹴り飛ばされたのだ。

 直後ダグラスの目の前まで飛んできたそれは、カランカラン、と床の上で転がり、無情な音を立てた。

 杖を失った男は、わなわなと口を震わせ、突如現れた騎士を睨み付ける。


 騎士隊の制服を身に纏った金髪の男は、どう見ても、灰色のローブを着た魔術師では無かった。

 思っていたのとは違う人物がそこに立っており、ダグラスは困惑した。


(何故アレイルがここに居るんだ?)


 何でもない、いつも通りの今朝、顔を合わせたばかりの部下だった。


 転移魔術で現れたのが、ヴァレルでは無かった事はひとまず置いておく。

 ダグラスは自分の周りの魔術師を警戒しながら、アレイルの動きを把握しようとした。


 アレイルが敵の杖を足で蹴ったのは、彼の両手が塞がっていたからだ。

 彼はその腕に、黒く長い巻き髪の女性を抱き抱えている。

 くたりと力を抜いて、アレイルに体を預けているのは、王女フィリアンティスカである。

 悩ましげに目を閉じている彼女は見たところ、眠っているのか、意識が無いようだった。


 アレイルは不安定さを感じさせない力強さで、フィリアンティスカを片腕に抱え直し、自由になった掌で、アズヴィランの肩に触れた。

 目が眩むほどの眩しい光が、ダグラスの目を焼く。

 視力が回復した時、アズヴィランは椅子から消えていた。


 アレイルも消えた。そう思ったが、彼の姿を探して視線を巡らせると、すぐ真横で目が合った。

 座っていたはずのアズヴィランは、アレイルに連れられるように、隣に佇んでいた。


「隊長、すみません、姫様の事をお願いします」

「は!? わ、ちょ」


 問いただす間もなく、強引に、しかし丁重に、王女を腕に託される。「くれぐれも、怪我をさせないようにお願いします」と念を押された。


 一体どうするのかと見ていれば、アレイルは片膝を付いてしゃがみ込み、ダグラスの足元に転がっている敵の杖を拾い上げた。

 拳で握り縦に構えたそれを、折れんばかりの勢いで、強く床に打ち付ける。


「私の杖を……!」ロッドエリアの隊長らしき男がこちらに手を伸ばして叫んだが、彼の動きは途中で止まった。

 杖の先が触れた床から、光の筋があちこちに伸びている。

 一つは、不自然な形で固まっているロッドエリアの隊長に。

 他の光は、ダグラス達を取り囲んでいた敵まで伸びて、足元を照らしている。

 彼らは杖を構えたままの格好で、歯を食いしばりながら小刻みに震えていた。


 ダグラスは自分が拘束された光の糸を思い返す。

 アレイルが操るロッドエリアの杖から放たれた光は、敵の動きを制限するもののようだ。


 眉間に深く皺を寄せて悔しげにしつつも、ロッドエリアの隊長らしき男が、虚勢では無い堂々とした声を上げた。


「……その希少な金の髪。名門クラヴィスト家の騎士、アレイル殿とお見受けするが……魔術師とは初耳だ。人違いであったか?」


 対してアレイルは、顔に感情を一切映さず、低く良く通る声で聞き返す。


「ロッドエリアとの会談を控えた今、これはどういった事情でしょう。無断で入国した上、いきなり王宮を踏み荒らすとは……魔術師の国は挨拶も出来ないのですか?」


 魔術師全員の動きを封じた上で、冷ややかに怒りを表すアレイルに、ロッドエリアの隊長は一瞬怯んだ。

 だが彼は、なおも勝気な態度で、「これは、挨拶が遅れて失礼した」と嫌味たらしく告げる。

 動けない状況にあっても優位は揺るがないと思っているのか、まだアレイルを侮っている事が伝わった。


「私の名は、ヴィドハルト・ロッドエリア。ロンバルト国王の子であり、ロッドエリアの王子である」



 ※



 曖昧な意識は、耳から微かな情報を手繰り寄せた。


 いつもの間延びした喋り方ではない。

 声の高さはそのままだが、随分と平坦な調子で、まるで別人のようだ。


 外界の音と結びつき、少しずつ映像が浮かび上がる。

 声の持ち主の姿が形を持ち始める。


 日に焼けたような茶髪だった。首元までしかない短い髪。

 そういえば、強い癖毛を気にしていたような気がする。

「も~、」記憶の中の彼女は、語尾を伸ばして言った。「梳いても、梳いても、ちっともまとまらないんです~」時折手で髪を通しては不満そうな顔をする。

「長い髪にしたいんですけどね~、ごわごわになっちゃうから……」


 だが瞼の向こうから聞こえてくるのは、必要最低限の、事務的な会話だった。


「ミュア、ナイトカリスの魔術師は、確かにこれで全員か?」

「団員は、ここにいるだけです。……ヴァレル・エンフィスだけは、素顔が分かっていないので、まだ」

「ふむ……ヴァレル・エンフィスの素性を調べるのも、お前の任務に含まれていたはずだが」

「報告した以上の事は何も」

「まあいい、厄介な相手だが、こちらで何とかする。ミュアはその魔術道具に詳しいな、彼らの拘束が外れないように見張っていろ」

「はい」


 一つの足音が遠ざかって、もう一つの靴音が寄ってくる。

 顔の横で止まった気配が、ゆっくりとしゃがんだ。

 かちゃかちゃと音が鳴る。

 意識せず自分の指先が僅かに動いた。固い何かが、両手首の自由を奪っている。


 何だ、これは。そうだ、覚えがある。確か対魔術師の、魔術を組み込んだ手枷を作ったのだ。

 断片的な記憶につられて、ばらばらだった糸を束ねて引っ張るように、他の感覚も一気に引き上げられていった。


 ぱっと瞼を上げた。覚醒した直後の視界は眩しく、すぐに目を細める。

 右半身を下にして床に寝かされていた。腕がやや痺れている。

 体に痛みは無い。目覚めたばかりだが、意識も記憶もはっきりとしている。


「起きてもする事無いですから、まだ寝ていて良いですよ」


 ミュアは横たわるマキアスに覆いかぶさるようにして、見下ろしながら言った。


「我ながら、ナイトカリスの魔術道具は良質ですね。まあ対ロッドエリアを想定しているから、当然と言えば当然ですけど」


 マキアスの両手首をまとめて括っている手枷を確認した後、ミュアは体を起こす。彼女は魔術師団の制服を身に着けたままだ。

 ミュアは、凪いだ海のように感情の起伏が無い顔で、同じ制服を着たマキアスの自由を奪う。


「……どういうつもりですか」


 転がるくらいであれば、身動きが取れた。固い床の感触を残す右頬を浮かせ、仰向けになる。手枷が背中にあたって痛い。

 他の団員達の安否が気にかかった。団員達を探して、マキアスは部屋を見渡す。

 執務室ではない。だが見覚えはあった。

 魔術師塔内の一室で、窓も家具も無く空き部屋になっている、狭い場所だ。


 団員達はマキアスからそう遠くない位置に固まっていた。全員手枷をしている。

 彼らの胸が、呼吸で上下している事を確認した。ただ眠っているだけだと判断して、安堵する。

 目を覚ましたのはマキアスだけのようだ。

 すぐに体の向きを修正して、結局、元とさほど変わらない体勢に落ち着いた。


 ミュアは、一連の行動を制限する事なく、静観していた。

 マキアスの動きが止まるのを待って、彼の問いに対する答えとは外れた言葉を返す。


「何も心配する事無いですよ。待遇と生活が良くなるだけです」

「そうじゃない」

「マキアス副団長、そんなに怖い顔しないで下さい。あと声も怖いです」


 憤りや失望よりも、ただ気味が悪かった。

 ミュアは全く悪びれていない。

 こちらの心配ともとれる発言に、敵を連れてきたのはお前じゃないか、一体何をしたいのだと、困惑する。


「どういうつもりで、こんな事をしたかと聞いているんです」

「どうって……」


 ミュアは、そんな聞くまでも無い事を……と言うように、端的に説明した。


「王妃様の件で業を煮やしたロッドエリアが、ナイトカリスに攻め込むっていうので、協力したんです。その代わりに、お願いしたんですよ。魔術師団の皆は優秀なので、殺さないで下さいって」


 言葉だけ抜き出せば、団員達を助けるために仕方無くやった、とも思えるが、その声音と表情では、ミュアを味方だと考える事は出来なかった。

 本当は殺されるはずだったのに、ミュアのおかげで、マキアス達は生きているのだとーーまるで、良い事をしたのだから、誉めてくれと言わんばかりだ。


 かえって冷静になる。

 目の前で、手枷を頑丈に取り付けているのは……裏切り者だ。


 マキアスの冷たい視線をものともせず、いつもの能天気さは鳴りを潜めて、ミュアは語りだした。


「私の仕事、あとは魔術師団を見張るだけなんです。暇ですね。お話しましょうか」


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