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銀杖と騎士  作者: 三島 至
【第一章】一度目のアレイル
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ロッドエリアの使者④/ダグラス視点

 

 とっくに覚悟は出来ているのだ。今さら少し足掻いた所で、終わりに大して変わりは無い。

 ダグラスは、側近と口論するほどの気概を持ち合わせては居なかった。

 自分が行った所で無駄だろうとは思ったが、初めて見る側近の必死な様子に、ダグラスは渋々といった体で、僅かな時間ロッドエリアへ反抗する事にした。


 魔術師では無いので、転移魔術は使えない。ダグラスと側近は、己の足で走るしか無かった。


 案の定、非戦闘員である側近が、途中でひいひいと根を上げる。

 側近は腹を押さえて立ち止まり、苦しそうに息をしていた。一応ダグラスは側近に合わせて走っていたつもりだったが、老いた体にはそれでも厳しかったようだ。


「さ、先に行け……」

 何とも情けない有様だ。

 案外短い反抗だったな――少しだけ残念に思う。すると側近は息も絶え絶えに懇願した。

「いいか、陛下を、絶対に、お助けするのだ」

 結局は人任せかと、どこか冷めた気持ちで側近を見ていると、彼は気落ちした様子も無く、半ば叫ぶように続けた。

「必ず追いつく。私は命尽きるまで、陛下にお仕えする……」


 ダグラスは一瞬、側近を見返した。

 例えば今、彼の腹を軽く蹴ったとしたら、あっさりと吹っ飛び、そのままピクリとも動かなくなってしまうだろう。


 皺だらけの手はぶるぶると震えて、呼吸も異常だ。到底追いつけるとは思えない。

 死体の血が道案内をしている長い廊下は、王宮の深部まで続いている。先は遠い。だが、実現可能かはともかく、それは彼の本心らしい。這ってでも来るつもりなのだろう。


 無言のダグラスに対して、側近は答えを催促するように一歩前に出た。彼はふらついた体を支えようと、側にあった大きな柱に手をつく。

 途端、触れた所から柱に罅が入った。


 上階と繋ぐ頑丈なはずの柱から、みしみしと異音がしたかと思うと、割れた破片と塵が、ぱらぱらと上から降ってくる。

 塵が視界に入ったのと、ダグラスの目の前で柱が折れたのは同時だった。


 天井の一部が崩れ、柱と共に一気に落下した。

 砂埃で視界が煙る。

 側近が立っていたのは、折れた柱の真下だった。

 走り疲れて、呼吸も困難な様子であった彼が、あの一瞬で逃れるのは不可能だっただろう。

 彼は倒壊に巻き込まれてしまった。


 建物の損壊はそれほど酷く無かったはずだ、何故突然崩れたのだと、ダグラスは放心して粉塵の中に立ち尽くす。

 埃を吸い込まないように袖で顔を覆いながら、視界が晴れるのを待ち、あるものを見付けた。

 大きく残っていた柱の欠片に、光る円状の模様が浮かび上がっている。

(これも魔術か)

 柱に仕掛けてあった魔術は、どうやら、起爆剤のような役割を果たしたらしい。


 ロッドエリアの魔術師達は、騎士を軒並み殺してから進んでいた。

 全員倒し終えたから先へ向かったのだと思っていたが、彼らは殺戮の傍ら、側近が隠れていた事にも気付いていたのではないだろうか。

 こちらの行動を完全に把握した上で魔術を仕掛けて行ったのだろう。ダグラスはそう解釈した。

 側近が追ってきて、またこそこそと柱に隠れて付いてくるようなら、罠にかかるようにと仕向けたに違いない。


 下に居たのかダグラスでも、恐らく避けられなかった。重たい石の欠片の下敷きになった側近の体は、きっともう、潰れてしまっている。生きてはいまい。


 何かが胸に閊えた。悲しみではない。これがどういった感情なのか飲み下せないまま、物言わぬ空間を見て「……わかりました」と、最後の会話に返事をした。

 折れた柱の向こうから、ミシミシと今にも崩れそうな音がする。続く倒壊の予感に、ここに留まっていては危険だと思った。ダグラスは一人先へ向かう事を決める。

 国王の側近を置き去りにして、今度は制限をかけずに走り出した。


 心中は複雑だった。彼の事が分からなくなった。

 側近は、無能というよりは、その偏屈な性質ゆえに、能力の使い所を完全に誤っている男だった。

 典型的な、権力に固執している人間だと思っていたが――今見た様子はどうにも、ダグラスが思っていたよりも、歪には見えなかった。こんな事を思いたくは無いが、馬鹿みたいに良い表現をすれば、「真っ直ぐ」だと言えた。

 その強い目をダグラスに向けたまま死んだ。


 死体を囮に隠れておきながら、騎士の死を悼む事もしなかった。だが国王に対してだけは、並々ならぬ忠誠心を抱いていたようだ。

 その忠誠心が、政の大半を任されていた理由だろうか。それだけで側に置いていたのか。何にも関心を示さなかった国王が、あの身勝手で頭の固い男を、そんな理由だけで。

 ふとアレイルと交わした言葉が頭に浮かんだ。

 ――――陛下は、何か諦めておいでなのでしょうか。


(ああ駄目だ、)頭を掻き毟りたい衝動に駆られる。(陛下が何を考えていたのか、さっぱり分からない)

 今さら国王や側近の真意を探ったところで、何の意味も無い。もうナイトカリスは、ロッドエリアに見限られてしまった。酌量の余地も無く皆殺しだ。

 どうせ終わりを待つだけなのだ。だからいい加減、考える事を止めなければ――


 自分に言い聞かせている途中で、ダグラスは急に自覚した。――これは焦りだ。

 とっくに諦めていた事なのに、今更どうにかしようとするから、頭が混乱しているのだ。

 目の奥を突き刺すような痛みが走る。耳鳴りも加わり、頭痛はじわじわと存在感を増した。


 がむしゃらに走り続けても、死体が増えるばかりで、まだロッドエリアの魔術師は見えない。

 死体は殆どが騎士の制服を着ている。小細工を残してはいたが、もしかしたら、側近が見逃されたのは、そもそも殺す対象が騎士だけだったから、かもしれない。


 死体は整然と並べてある訳では無い。足の着地を右へ左へと移動するうちに、避けるのも面倒になって、時々動かない腕や足を踏みつけてしまった。

 転倒する事は無かったが、躓く度に、ここで止めてしまいたいと思う。


(何で俺が必死に走っているんだ)

 ダグラスに自国を救おうという意欲は無い。

 頭が重い。剣の柄で何度も叩きつけられるようだ。深く考えようとする度に、耳鳴りが大きくなった。もはや脈が速いのも、走っているせいでは無いような気がしてくる。

 思考は薄れていった。これ以上考えたくない。心を空っぽにしたい。もう自分に何も託さないでほしい。

(こういう事は、まだ諦めてない奴らがやってくれ……)

 全ての事が、酷く煩わしかった。


 側近の事ばかり責められないのでは無いか。

 あの男は、人の意見は聞かないで、平民の騎士を使いつぶすような非道で、やる事為す事悪い方へ持っていくような奴だった。

 王を見捨てて、今の内に逃げてやると、無様に生にしがみついてくれれば良かった。

 最後の最後まで汚く生き延びて、ダグラスが思う通りの男のまま死んでくれれば、ああやっぱりなと、納得出来たものを。あんなにあっさり、下らなく死んでしまっては、もう何も。


 今更、あの男も変われたのかもしれない、なんて。


(俺が諦めなきゃ良かったのか?)

 ロッドエリアが攻めてくるだろうと分かっていた。そう訴えた所で無駄だった。

 本当にそうだったのだろうか。


 想像していた未来の中にいて、ダグラスの意志は散漫になっていく。何を選ぶべきかを決められず、過去の自分を責め始める。

 騎士を使い捨てる国ならば、自分も忠義など捨ててしまえと、自棄になっていた。国を思う事に疲れていた。どうなろうと知った事では無いと。

 まさか自分が、土壇場で情けない泣き言を言うようになるとは思わなかった。


「何の為に戦えばいいんだ?」


 体にまで血の匂いが染みつきそうな、濃い死の中で、とうとう足を止めてしまう。

 もう遅い。

 血の跡は、王宮の奥深く、王族達の居住場所まで途切れずに続いていた。

 敵は魔術師なのだ。人間の足で追った所で無謀だ。

 先に魔術師塔へ応援を頼むべきだったと後悔する。普段魔術師と連携を取る事が無いから、無意識に選択肢から除外してしまっていた。

 間に合わない。とっくに国王の首は刎ねられているだろう。


(アレイルなら、どうするだろう)


 もし自分にも息子が居たとすれば、ちょうどその年頃であっただろう部下の事を考える。

 国への忠義は厚い男だ。彼ならば最後まで剣を振るうだろうと、考えるまでもなく答えは出ていた。

 自問する。迷ったのは、ほんの瞬きする間だけだった。血だまりで染まる靴を上げ、魔術師達の最終目的地へ向かう。


 実を言えば、ダグラスは王宮の最奥へ入った事は無い。その場所は限られた王族しか立ち入る事が許されていないのだ。

 不敬だ、何だと気にしている余裕も無く、扉を蹴破るように、どんどん先へ進む。

 ここまで来ると、敵は騎士をほとんど振り切ったのか、血も死体も無く、道は綺麗なものだった。


(使用人達はどこへ行ったのだろう。逃げ果せたのだろうか)


 通常ならばそこかしこに使用人が居るはずである。王族は見当たらず、騎士の死体だけが散らばっていた王宮は、もはや王宮ではないようだった。


 ダグラスは目前にあるのが誰の部屋なのか知らない。どれも立派な扉に変わりは無いが、アズヴィラン王子か、セティユーク王子か、それともフィリアンティスカ王女か。国王専用の部屋はいくつかあるので、その一つという可能性もある。


 初めて見る豪奢な扉の前を通り過ぎたあたりで、空気が変わる。恐らく人の気配だろう、ダグラスは遠くで音を拾った。

 足を緩めて、なるべく靴音を消して歩みを進める。


 ダグラスは気付かなかった。

 一歩足を踏み出した地面に、違和感がある。爪先が触れて初めて、そこは光り出した。


「!?」


 魔術の類だと、咄嗟に退こうとしても手遅れだった。

 光は吸い付くようにダグラスの足を絡め捕り、伸びてきた光の糸が彼の体を雁字搦めに拘束した。


 魔術への対応が杜撰なのは、ダグラスに限った事ではない。

 ナイトカリスは一歩や二歩どころか、決して追いつけぬほど魔術への理解が浅い。

 魔術を用いられた瞬間、ロッドエリアの掌の上で転がされる運命なのだ。


「まだ残っていたか」


 向こう側から、誰かが扉を押しあけた。

 ナイトカリスとは様相が違う服装の、大きな杖を持った数人が、ダグラスを出迎える。


 彼らの一人が、ダグラスを拘束している光の糸を引っ張った。体重など無いかのように、ダグラスの体は容易に部屋の中へ引きずりこまれる。

 見下ろす目は、これから屠殺する家畜を見るようだ。

 死刑場への道導に思えた。


「その服……お前も騎士だな。なら、生かしておく必要は無い」


 敵の審判は早かった。

 ただの皮肉だと思っていたが、剣で殺す事に拘りでもあるのか、一人がいきなり長剣を振り下ろす。

 ダグラスは体を縛られながらも、咄嗟に避けた。剣が掠った光の糸が、一本プツリと切れた。


 魔術の糸は物理的に切れる、と理解したダグラスは、自分から敵の剣に向かっていった。

 肉弾には慣れていないのか、魔術師が自身の体を庇うように構えた剣は、好都合にダグラスの体を切り裂いてくれる。

 血が流れるが、噴き出すほどでは無い。光の糸もろとも切れた。

 不意をつけば反撃出来ると知り、ダグラスは勢いが消えぬまま拳を突き上げた。


 魔術を発動する間も無く、敵が後ろへ倒れる。

 魔術師の手にあった剣が床に着く前に、ダグラスの足がそれを蹴り上げた。

 跳ね飛ばした剣を敵より先に掴んだダグラスは、握った直後ロッドエリアの魔術師を切り付ける。

「よくも!」

「おい、これまでの奴らと違うぞ!」

「全員杖を持て!」

 魔術師達が怯んだのが伝わった。


 ダグラスを囲い込んだ魔術師達を、彼らが杖を振るよりも先に切り捨てる。

 魔術さえ発動させなければ、戦闘能力はさほど高くないようだ。

 手から滑り落ちた杖が床に落下し、次々と重い音が響く。

 魔術師達が膝をついた事でひらけた目の前には、ダグラスも何度か目にした事のある男が、立派な椅子に深く腰掛けていた。


 王妃ヴィランティーナに良く似た、緩やかに波打つ栗毛。髪の長さは王妃とは違い耳にかからない程度に短い。顔は母親の面影がある。

 齢三十ほどの、優しげな顔立ちをした男――今は苦悶の表情だが――ナイトカリスの第一王子、アズヴィランだった。


「殿下! ご無事で――」言いかけて、口を噤む。

 項垂れるように座るアズヴィランの背後では、二十代半ばほどの若い男が剣を片手に持っており、それを椅子の主の喉元へ突きつけていた。


「騎士隊は脆弱だと聞いていたが、お前はそこらの三下ではないらしい」


 ダグラスの反撃には動じた様子も無く、落ち着いた若い声は「殺す前に、一応名前を聞いて置こうか」とそれこそ三下のような台詞を吐いた。

 若い男が周囲に目配せする。残りの敵は彼に従い、ダグラスに向けて杖を構えた。


「さて、お前は誰だ?」


 この中ではどうやら彼が隊長らしい。

 身なりは他の魔術師と変わらなかったが、自信に満ちた面構えは人を従える事に慣れているように見えた。


「騎士隊隊長、ダグラス・ゲルトナーだ」


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