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銀杖と騎士  作者: 三島 至
【第一章】一度目のアレイル
17/22

ロッドエリアの使者①

 

 王女フィリアンティスカが、アレイルの試合を見学に来てから数日。騎士隊内は浮ついた空気にあった。

 多忙なアレイルが暫く騎士塔を留守にした事もあり、騎士達は剣を放って、訓練とは関係無い話題で盛り上がっている。

 その話題というのが、アレイルの妹、リシェアーナの事だ。

 数日前に見た美女が目に焼き付いて離れない騎士達は、口を開けば、「それにしても、副隊長の妹さんって……」「ああ、めったに見られない美人だったよな」とその美しさを語りだす。

 休憩の号令もかかっていないのに、勝手に地べたに座り込んで無駄話をしている部下たちを、ダグラスは何度か諌めていたが、気の抜けた返事が返ってくるだけだ。

 ダグラスは疲れたように息を吐いて、廊下の柱に背を預けた。

 リシェアーナの話になると、たまにフィリアンティスカの事にも触れられる事がある。「美貌の侍女殿に比べて、王女様は……」に続く言葉は、たいてい良い話ではない。


「ヴァレル・エンフィスは、あの王女様のどこが好きだったんだろうなあ」


 誰かが呟いた言葉に、他の誰かも疑問を零した。


「王女様って、魔術師贔屓らしいじゃないか。だったら、わざわざ副隊長を取らなくたっていいのに」


「取るって、お前」


「ヴァレルは王女様を好きでも、王女様はそうじゃないからだろ。女なら誰だって、クラヴィスト副隊長と結婚したいだろうさ」


 アレイルは騎士隊内での評判も良い。ほとんど肩書きだけの騎士である貴族からも、一目置かれている。

 騎士としては半人前な彼らも、アレイルの事は尊敬しており、その婚約者には物申したい事があるのだ。

 フィリアンティスカの身分はこれ以上なく高貴で申し分ないとはいえ、ヴァレル・エンフィスが絶賛するような魅力があるようには感じられない。

 権力にものを言わせて、国中の憧れであるアレイルと無理やり婚約したのではないか。だとしたら、アレイルが気の毒だ……と、騎士達は噂している。彼らの王女に対する評判は下がっていくばかりだった。

 噂よりも平凡で、取り立てて特徴の無い王女フィリアンティスカ。

 対して、尊敬する上司の妹で、絶世の美貌を持つリシェアーナ。

 人というのは見目で人となりを判断する事が多い。騎士達は二人を比べて、ますますリシェアーナを持ち上げる。


 漏れ聞こえてくる会話に、ダグラスは眉間に皺を寄せた。アレイルが居ないからといって、気を抜いて雑談に興じる騎士達の発言は、いい加減目にあまる。ダグラスは休ませていた体を柱から離して、部下に喝を入れようと口を開いた。

 だが声を発する直前に、はっとして音を飲みこみ、振り向く。そこには無表情ながらも、どこか機嫌が悪そうなアレイルが立っていた。

 アレイルはじっとりとした目で、駄弁る騎士達を眺めている。


「アレイル。来ていたのか」

「はい。少し前に」


 短く返す声も幾分低い。アレイルはダグラスと目も合わせずに、「……彼らを鍛え直してきます」と、訓練場の騎士の溜まり場へと足を進めた。その目はもう完全に、騎士達を睨み付けている。


「……あれは結構前から聞いていたな」


 アレイルが来た途端、一斉に立ち上がる騎士達。だらけていた所を見られて、まずい、と気まずそうにしている。

 怒りを隠さず、「随分楽しそうだな」と嫌味を投げ付ける騎士隊副隊長に、訓練場の騎士達は恐怖で震え上がった。

 アレイルが留守にしていた数日間を取り戻すように、厳しい訓練で扱かれた騎士達は、反動が恐ろしいというように、少し真面目に訓練に取り組むようになったのだった。



 ただでさえ魔術師と騎士の二重生活を送るアレイルは、王女へ会いに行く時間も取れずに忙殺されていた。

 最近は魔術師のスカウトにも行けていない。魔術師塔の人材不足も深刻である。

 連日の会議では相変わらず、問題を延々と先延ばしにしている状態だ。加えてロッドエリアの使者の件もアレイルに丸投げだった。

 面倒この上無いが、アレイルは“アレイル・クラヴィスト”として、何度かディアンと打ち合わせねばならない。

 最初のうちは、言伝を受け取った体でヴァレルから相談を持ちかけ、話を詰めていたのだが、ディアンから、「団長を間に挟むより、直接クラヴィスト殿と話した方が良くないですか?」と至極真っ当な事を言われてしまい、騎士隊副隊長として会うのは避けられない事態になったのである。

 ディアンは魔術師としても先輩で、何より話の分かる相手だ。せめて少しでも知恵を出し合おう。時間を調整するのが厳しくなる中で、アレイルはそう自分を励ました。


 王妃幽閉でお怒りのロッドエリアを、危機感皆無のナイトカリスが鎮めるのは、胃が痛い話だった。

 もう期日まで時間が無い。王妃を解放するという話は通りそうも無い中で、外交をすませねばならない。

 そもそも、「そちらに嫁がせたうちのお姫様の扱いどうなっているんだ」という話をしに来るのに、頑なに王妃を犯罪者扱いしたままでどうするのか。

 幽閉の理由も、全く筋の通らないものなのだ。考えうる最悪の状況を想像すると、もうこの国は駄目なのでは……と絶望感すら過る。

 アレイルは頭を振って不安も落とそうとした。これは目を背けてはいられない問題なのだ。


 そして騎士隊の、この体たらくである。

 少し来なかった間に、騎士達はすっかり怠け癖がついたようだ。

 アレイルに絞られて、土まみれになっている男の一人を見る。ぜいぜいと息を荒げ、地面に転がるその顔は、確か貴族出身の騎士だ。そう、件の報告書に上がっていた――

「異常なし」と書かれた報告書に、どれだけの信憑性があるのだろう。彼らに任せた調査など、何の意味もなさない。

 転移魔術で実際に現場へ赴き確認したい所だが、今はそんな余裕も無い。アレイルは疑心暗鬼に陥り、仕事を抱え込むようになっていた。


(――苛々する)


 ここにきて、以前見たダグラスの表情が気にかかる。自分だけが気が付いていない何かが、水面下で起こっていそうだという、明確に形にはならない不安が、アレイルを駆り立てるのだ。


 久しぶりに訓練場へ来てみれば、リシェアーナの事が話題に上がっていた。

 それだけならば別に咎めもしないのだが、婚約者を悪し様に言われて腹が立たない訳が無い。それでなくとも、噂の相手は王女なのだ。言動に気を付けるべきだと、体に教え込まねばなるまい。

 自身のストレス発散もかねた、半ば八つ当たりだった。



 全員沈めた後、今日も予定の詰まっているアレイルは、すぐに騎士塔に繋がる廊下へと上がった。通り過ぎ様に、ダグラスに会釈する。

 ダグラスはアレイルの激しい訓練を静観していた。目が合うと、いつもの父性を感じさせる穏やかな笑みが返ってくる。

 アレイルが感じているような、向かうあての無い焦りは、抱いていないように見えた。

 その落ち着き払った様子に、「あなたは何か知っているのではないか」と問い詰めたいような気もしたが、彼にも彼なりの考えがあるのだろうと、靄がかかる気持ちを何とか静める。疑念は信頼に上塗りされた。




 騎士塔の階段は上らずに、廊下の奥にある柱の陰に隠れる。

 周囲に人気が無いのを確認して、アレイルはこっそり転移魔術を使った。

 フードで顔を隠していないため、魔術を使っている所を誰かに見られる訳にはいかない。

 騎士塔を長い間不在にすると不審に思われる。普段騎士塔内を移動する際は、なるべく魔術を使わないようにしているのだが、多忙極める今は時間が惜しい。


 転移した先は、罪の塔だった。

 フィリアンティスカの母、王妃ヴィランティーナが幽閉されている場所である。

 アレイルは罪の塔すぐ近くの芝生に降り立つ。人に見付からないように周囲に気を配りながら、靴の淵を指先でなぞった。

 指がぐるりと淵を一周すると、その後を追うように、靴が淡く発光した。

 もう片方の足も同じように触れる。体重を支える分厚い靴が、ふっと軽くなった。

 膝を一度ぐっと曲げて、勢いよく伸ばす。

 次の瞬間、アレイルは空にいた。


 ヴァレルに関して言えば、魔術師のローブはただのローブでは無い。

 ヴァレルのローブには、彼の手によって様々な魔術が付与されている。面倒な準備が必要な魔術を簡略化出来たり、魔術そのものの効果を高めたりと、何かと便利な代物だ。

 今ローブを着ていれば、いつものように景色に同化し、透明になったように見せかける事も出来たのだが、あいにく騎士の制服姿である。

 アレイルは人目を気にしながら浮遊魔術を行使して、塔の外側の壁沿いを飛んだ。


 ほんの一瞬見たかっただけだ。すぐに戻ろう。そう決めて、アレイルは目的の場所を目指す。

 アレイルには確認しておきたい事が二つあった。

 一つは、王妃ヴィランティーナの様子だ。ロッドエリアの使者と会う前に、王妃の状態を確認したかったのだ。

 王妃にとっては、国同士の問題が大きくなった方が、好都合かもしれない。故郷の兄達が、罪の塔から連れ出してくれるのを、心の底では望んでいるかもしれない。

 王妃幽閉の件で詰問された際、使者を刺激しないように何とか言いくるめなければならないのは決定事項だが、それは別として、実際に王妃がどう過ごしているか気にかかっていた。

 正面から許可を取りに行っても、王妃と会う事はまず不可能だ。今までも、アレイルは時々王妃を心配して、陰からその姿を窺ってきた。


 確認したかったもう一つは、フィリアンティスカだ。

 今日は、フィリアンティスカが母親に会える日である。王妃を見に行こうと思い立った時、フィリアンティスカとの面会が近い事も思い出して、つい欲を出したのだ。

 もう随分前の記憶だが、フィリアンティスカは、王妃の前ではとても可愛らしく笑う。

 母親と一緒と対面した時にしか見られない、貴重なフィリアンティスカの表情を拝もうと、こうしてこそこそと罪の塔に出向いた訳である。

 だが、年に数度のこの機会を、いつも盗み見ていた訳では無い。あくまで本命は王妃の様子見だ。

 親子の仲睦まじい様子を、ロッドエリアに対する言い訳に使えないだろうかと、ほんの少し打算も頭の隅に置きつつ、一番はただ自分が好いた人の笑顔を見たいがための行動だった。


 転移魔術で塔の中に入ろうかとも思った。だが、面会日の今日は普段より監視が多い。罪の塔は騎士塔や魔術師塔よりも狭く、隠れる場所もさほど多くない。転移した先で人に見られる可能性が高かった。

 こんなに苦労をするくらいなら、横着せずに一度ローブを取りに戻れば良かったのだが、そうすると溜め込んだ仕事を目の前にして、すぐ取りかかってしまい、会いに来られなくなっただろう。

 罪の塔にも窓はある。アレイルは塔の天辺まで飛ぶと、大きくはないその窓枠に足をかけた。そっと中を覗き込む。人気は無い。

 音を立てず内側に入り、壁に背を預ける。塔の内部を思い浮かべた。王妃が居るのは、ここの一つ下の部屋だ。

 感覚を研ぎ澄ませながら、下に繋がる階段を慎重に下りる。

 焦っていたとはいえ、やはり早まっただろうか、とアレイルは思った。今誰かに見られたら、何と言い訳すれば良いのか分からない。見付かったら終わりだ。


(だけど、妙なくらい人が居ないな)


 緊張しながら足を進めていたが、人の気配を感じられない。王妃の部屋は目の前なのに、物音一つしなかった。

 監視窓を覗き込める位置まで来て、扉の前に誰も立っていないのを確認する。もうフィリアンティスカが中にいるはずなのに、護衛の騎士が扉の前に待機していないのは、流石におかしい。部屋の中に全員入っていったにしても、多少の話し声が漏れ聞こえてくるはずだ。

 違和感を抱えながら、周囲を警戒する。フィリアンティスカの笑顔を見に来ただけなのに、異様な雰囲気に固唾を飲んだ。

 本当に人が立っていないのを見てから、もう一歩足を踏み出す。その時、アレイルは明確な変化を感じ取った。

 他人の領域に干渉してくる、肌を刺すような感覚。これは、アレイルの得意分野だ。


(ここ一帯に、魔術がかけられている)


 アレイルは意図的に、騎士の自分から魔術師の自分へと切り替えた。己の存在を気取られないように、何者かの魔術に同調する。

 状況だけ見れば、人を寄せ付けないように展開されたものだろう。問題は目的と、術者だ。

 この魔術の行使者よりも上手である自信が、アレイルにはあった。ロッドエリアで大多数の魔術師を相手取るなら別だが、ナイトカリス国内でヴァレルが対処出来ない魔術師はまず居ない。


(王妃様が魔術を使ったのか?)


 抜け出そうとすれば、いつでも出来たであろう王妃が、とうとう行動を起こしたのだろうか。それとも、全く関係の無い外部の者が入りこんだのか。

 ロッドエリアの使者が来る前に、王妃にこれ以上問題が起こっては困る。

 監視窓から、王妃の部屋を覗き込もうとすると、案の定中が見えないようになっていた。

 手の平を扉にあてて、魔術を一部無効化する。アレイルの手がぼんやりと光った。

 ついで、透過の魔術を使う。そこに扉など無いかのように、音が直接アレイルの耳へと届くようにした。

 固い硝子窓を叩く風の音、重い靴が床を踏む音……部屋の中に存在する数人の気配が、急に顕著に表れる。


『こんなに暗く狭い場所に閉じこめられて……今まで辛かっただろう』


 そして、優しげに囁かれた低く重厚感のある声は、明らかに王妃の物ではなかった。


『一緒にロッドエリアに帰ろう……ヴィティア』





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