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龍の国JIPANG ~剣の巫女~8

 朱花は馬車の中にいた。なぜこんなことになってしまったのか、自分でもわからない。しかし、朱花は皇帝の目の前で青く光り帯びた龍の剣を抜き、確かに言ったのだ。第二皇子昴に仕える、と。

 朱花はそっと馬車の御簾を開き、のぞき込むように馬上の男を見上げた。左目に黒い眼帯をした黒装束の男は鋭い切れ長の目をつり上げ、不機嫌な顔をしていた。そして、朱花の視線に気づき、ちらりと目をやると面倒くさそうに手を上げ、馬車を止めるように部下に命じた。

「来い。」

 いささかぶっきらぼうな言い方で、昴皇子は馬車の御簾をまくり上げ、朱花を無理矢理引っ張り上げて抱き寄せた。朱花は抵抗するまもなく昴皇子の馬に乗せられた。

「な、なにを…!」

 昴皇子の息がかかるくらい互いの体が密着し、朱花は体をこわばらせた。

「見よ。あれが我ら地の部族の都、唐土トウドだ。」

 昂皇子が指を向けた先には、黒い建物が建ち並ぶ街があった。街の中心には金と黒の装飾が施された大きな宮殿があった。皇帝が朱花に下した勅旨は、昂皇子に仕え、皇子とともに土蜘蛛の民を制圧することだった。龍の剣の伝説が真実なら、龍の巫女が皇子にその身を捧げ、力になってくれるだろうというのである。土蜘蛛の民との戦に勝つことが昂皇子を皇太子にする条件であった。

「あ、あの、…怒っているのですか?」

 朱花は恐る恐る昂皇子の顔を見上げた。

「何を?」

「わ、私があなたを選んだことです。正確には私ではなく、剣があなたを選んだのだけれど。」

「剣など知らぬ。私にはどうでもよいことだ。それより女を連れて戦へ行かねばならぬとは」

「…ですよね。私は何もできませんよ。」

「女など、戦場では男を慰めることしかできぬ。」

「…ええっ!?」

 慰める、という言葉に、朱花は驚いて後ろに身を退いてしまった。馬から落ちそうになったが、力強い腕が自分を抱き留めてくれていた。金色の右目が朱花をしっかりと捉えていた。互いの目が合い、朱花は視線の行き先に困ったようにうつむいた。昂皇子は冷ややかに、言った。

「馬にも一人で乗れぬようではな。」

 そのとおりである。ついこのあいだまで自動車なる便利な乗り物が走り回る世界にいた。高校へは自転車で通っていた。馬を初めて見たのは小学校の遠足で行った牧場だった。朱音の記憶がふとよみがえる。

「…すみません。」

 しかし、朱花にはこの不思議な龍の国でも日本でも、ひとつだけ胸を張れることがある。

「馬の乗り方は覚えます。これでも体育は得意なんです。」

「たいいく…?」

 聞いたこともない言葉に、昂皇子が怪訝そうに少し眉をつり上げた。

「…あ、あの、私、弓が得意なんです!」

 これは本当の話だ。朱音は弓道部だった。全国大会で上位入賞するほどの腕前だ。朱花自身も子供の頃から姉や鷽皇子たちと狩りを楽しんでいた。

「ほう、ならばここで鳥を射てみよ。」

 昂皇子は部下に弓を持ってくるように命じた。朱花は子供が抱っこされるようにして馬から下ろされた。周りを見回すと、皇子と同じような黒装束の兵士たちが興味と冷やかしの目を向けている。兵士の一人が朱花でも引けるような小型の弓を持ってきた。朱花は弓を手に取り、空へと目をやった。鳥のさえずりが聞こえる。近くに鳥は飛んでいるようだ。ふと向こう側の木から一羽の鳥が飛び出してきた。まるで空の自由さを楽しんでいるかのように悠々と飛ぶ姿が誰の目にも映った。

(朱音は動くものを射たことはない。だけど、朱花はある…!)

 朱花は標的を捉えると弓矢をかけ、美しい姿勢できりりと弓を引いた。その姿勢から朱花が弓が使えることが誰にでもわかった。昂皇子は朱花の立ち姿にほう、と感心した様子だった。朱花はしっかりと鳥の動きを捉え、一瞬の迷いもなく矢を放った。矢は鳥の腹を貫き、鳥は真っ逆さまに地へと落ちていった。

 兵士たちの歓声が上がった。表情の薄い昂皇子だが、朱花に興味を持ったのか、少し口の端を上げて笑っているように見えた。

「見事だ。剣の姫よ。だが、戦では鳥ではなく、人を射るのだ。そなたは人を殺したことはないだろう。相手が人であっても躊躇なく射ることができるか?」

「えっ…人を射る!?」

 朱花が表情をこわばらせると、昂皇子は朱花から弓を取り上げて、言った。

「まあ、安心しろ。土蜘蛛の民は人の姿はしているが、人ではない。姿を見たら、迷いなく、撃て。」

「人ではない…?」

 土蜘蛛の民とはいったい何者なのか、今の朱花には知るよしもなかった。


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