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龍の国JIPANG ~剣の巫女~4

「何も覚えておらぬのか?」

 鷽が寝台に腰を掛け、朱花のそばに来た。

「皇子様、妹は疲れているようです。少し休ませてください。」

 紅香がそれをさえぎった。

「いえ、何も覚えていない、というわけではありません。ちゃんと覚えていますよ!ええと、鷽皇子様に、紅香お姉さん。」

「お姉さん…?」

「じゃ、なくて姉上。」

 朱花は慌てて言い直した。言葉遣いにも気をつけなくては。朱花は皇族の娘なのだから。

(私のしゃべり方、おかしいかな…?)

「ただ、頭が混乱してるみたいで、思い出せないことがたくさんあって…。どうして私は一度死んでしまったのですか?私は病気だったのですか?」

 すると、紅香は表情をこわばらせた。答えに迷っているようだ。

(何かいけないことを聞いてしまったのかしら?)

 朱花は隣に立つ鷽に視線を送った。鷽は少し迷った後、

「お前は昔から心気が弱かったのだ。死んだように見えたが眠っていただけらしい。」

「心気…⁉」(心臓が弱いってこと…?)

「しかしお前の身体は火に焼かれることはなかった。皆がお前を火の龍の娘だ、と騒いでおる。」

「火の龍…?」

 朱花はハッと炎の中の赤い龍を思い出した。燃えるような赤い髪の男へ姿を変えた龍。

(あれは夢ではなかったのね…)

「炎の中で赤い龍に会いました。龍が私に『剣の巫女として生きよ。』と。」

「剣の巫女…⁉」

 鷽の表情が一変した。紅香も驚いている様子だ。

「剣の巫女とは何ですか?」

 朱花の問いに、鷽も紅香も声を失った。



 朱花はたくさんの女官たちに囲まれ、着替えをさせられていた。よくわからないが、これから皇宮へ行く、とのことだ。白い着物の上に、高価そうな金の刺繍が施された赤い着物を重ねて着せられ、帯をきつくしめられ、きらびやかな宝石がついた首飾りやら耳飾りやらたくさんつけられた。顔に化粧までされた。

(いったい何なのよう…。重たくてしょうがない。皇族って大変なのね。)

 ふうっとため息をついた。

「支度が整いましたか?」

 部屋の戸が開き、母親が入ってきた。

「鷽皇子様がそなたを皇宮まで連れていってくださる。さあ、参りましょう。」

 庭には輿が用意されていた。輿の御簾が巻き上げられ、朱花は輿に乗せられた。輿の中には姉の紅香も乗っていた。輿の外へ目をやると、鷽皇子が馬に乗っている。

「出発する」

 鷽皇子のかけ声で輿が持ち上げられ、朱花を乗せた輿の一団は皇宮へと向かっていった。


 道中、朱花は輿の御簾から外の様子を覗いた。朱花の記憶にはちゃんと残っている光景だが、朱音にはとても新鮮な光景だった。まるで映画のセットみたい、と思った。昔の中国のような気がした。建物はすべて木でつくられていたが、色鮮やかで、龍の絵柄の見事な細工がしてあった。道行く人々は街の人たちであろうか。男たちは麻布でできた質素な上着に、まるでとび職の人たちが着る黒いズボンのような形のものを履いている。女たちは薄桃色の清楚な上着に紺色の袴のようなものを履いている。

(う~ん、中国と日本を足して2で割ったような世界かしら?)

 そんな感想だった。

 朱花はちらりと視線を後ろへ向けた。輿の斜め後方には、馬に乗った鷽皇子がいた。赤髪の短髪に、碧い瞳。精悍な身体に、整ったきれいな顔。思わず見とれてしまう。朱音は日本でこんなにきれいな男の人を見たことがない。芸能人にもこんなイケメンはいないだろう、と思った。朱花は胸の高鳴りを感じた。

(この気持ちは朱花のものかしら?朱花は鷽皇子が好きだったのだから。それとも朱音の気持ち…?)

 胸がドキドキするのを抑えられなかった。朱音は恋を知らないわけではない。中学のときから付き合っていた彼氏がいた。同じ弓道部で、先輩だった。ずっと一緒にいたくて、先輩と同じ高校へ進学した。しかし、高校へ行ったら、先輩には新しい彼女ができていた。しばらく二股をかけられていることに気が付かなかった。別れるときは、悔しくて、悔しくて、先輩の頬を思い切りたたいた。

(ああ、嫌なこと思い出しちゃった…)

 はぁ、と息を吐き、ふと視線を感じて輿の中に顔をもどした。姉の紅香がじっとこちらを見ていた。

「まるで別人ね…」

 紅香が呟いた。朱花はドキリとした。

「え?…な、何を言っているの?姉上。」

「話し方といい、立ち振る舞いといい、以前のあなたと別人のようだ、と言っているの。」

「…そ、そんなことありません。死にかけたので、頭が混乱しているのです。記憶がごちゃごちゃとしていて、自分の名前さえよくわからなくなるときがあって…」

 取り繕ったように喋ったが、余計に疑わしいような気がして口をつぐんだ。目が泳いでしまう。ちらりと横目で紅香を見ると、紅香はつんと横を向いて言った。

「御簾から顔を出すものではありません。はしたない。おやめなさい。」

「はい、…申し訳ありません。」


 やがて一行は街を出て、広大な砂漠を進んでいった。火の部族は龍の国の南方の砂漠を治める火の龍の民。赤い髪をした人々が暮らしている。第三皇子鷽の母、二の妃は火の部族の出身だった。朱花と紅香にとって學は従兄にあたる。

 龍の国には5人の皇子がいる。母親がそれぞれの部族出身であるため、皇帝は幼い皇子たちを皇宮ではなく、母親の出身部族の土地で育てるように命じた。だから、學は幼い頃から朱花たち姉妹と共に兄妹のように育った。

 生まれた時から心臓の弱かった朱花は、城の外へ出たことがなかった。それを鷽は紅香と一緒によく街へ連れ出してくれた。たくさんの行商人たちやそこで暮らす人々、立ち並ぶ店、駆け回って遊ぶ子どもたち…。病気がちだった朱花にとって、その時間は夢のように楽しかった。


 鷽様…。


 また朱花の感情が自分の中で揺らいでいるのを感じた。朱花は本当に鷽を愛していたのだ。

(でも好きな人は自分のお姉さんと結婚しちゃったわけだし…。なんか複雑よね…。)

 意識が朱音に戻り、これはいけない、と首を振った。

(いけない恋…だわ。)

 またちらりと横目で紅香を見た。小さい頃から優しい姉だった。朱花はよく発作を起こし、床に臥せっていた。紅香はそんな自分をいつも看病してくれた。

(鷽様のことは考えないようにしよう。それより…)


 これから先、自分はいったいどうなるのだろうか…。



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