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龍の国JIPANG ~剣の巫女~3

 黒装束の男たちが、広大な大地を馬に乗って駆けていた。兵士だろうか。二十人くらいの集団だ。男たちはみな黒髪で、黒い鎧に身を包み、黒いマントをつけ、黒い馬に乗っている。先頭を走っている男は、短髪の若い男だ。整端な顔立ちをしているが、表情は冷たい。左目は黒い眼帯で覆っている。右目は不思議な輝きを帯びている。金色の瞳だ。

 男たちの向かう先には、大きな街が広がっていた。その街の先には丘があり、白い宮殿があった。


「黒の皇子様のご帰還だ!門を開けよ!」

 後続を走っていた馬に乗った男が門番に向かって叫んだ。門番は慌てて門を開け、姿勢を整えると、頭を下げた。黒い馬の集団が門をくぐり、そのまま駆けていった。

 門の向こうではたくさんの人々が行き交っていた。たくさんの店が並び、にぎわっていた。そして、一人の女が馬の集団に気づき、悲鳴を上げた。

「黒の皇子様だ!道を開けよ!」

 人々は驚き、悲鳴を上げながらあちらこちらと逃げるように散り、道を開けた。黒の皇子は全く気にする様子もなく、冷たい表情のまま、駆け抜けていった。黒馬の集団は白い宮殿の門のところに着くと、みな手綱を引き、馬を止めた。

「第二皇子、ソク様である。開門!」

 すると、門はゆっくりと開いた。門の向こうでは、数人の女性たちと兵士たちが頭を下げ礼を取り、黒い集団を迎い入れた。

「兄上。お帰りなさいませ。」

 真ん中の女性が頭を上げ、皇子に向かって微笑んだ。流れるように波打つ金髪。碧い瞳は宝石のように美しい。年は十六、七くらいだろう。その美しさに周りの者たちが息を呑んだ。皇子は冷たい表情のまま、動じた様子もなく、切れ長の右目を異母妹いもうとへ向けた。

琉那ルナよ、なぜ私を呼んだのだ」

 ソクは馬を下りた。甲冑の擦れる音と同時に、すらりとした長身が地に降り立った。皍は皇子たちの中でも一番背が高く、美しかった。琉那は皍の鎧姿が好きだった。黒い甲冑の下にはどんな逞しい身体があるのだろう、と想像した。皍の金の瞳に見つめられると、胸の高鳴りが抑えられなかった。

「星読みたちが龍の星が落ちるのを見た、と申しているそうでございます。それで父上が兄上たちを帰還させよ、と。」

 琉那は作法通りに美しい姿勢で礼を取った。皍は金色の右目を琉那へ向け、言った。

「我が地の部族は今、土蜘蛛の民との戦を控えておる。用が済んだら早々に帰らせてもらう。」

「きっと、…皇位のことでございましょう。」

 それを聞いて、皍の表情が少しだけ動いた。

「皇太子を立てる、と?」

「はい。」

「ふん。陛下もやっと隠居する気になったか。五人も妃を娶り、それぞれに皇子を産ませるからこのような面倒な事態になるのだ。じじいが。」

 皇子らしからぬ乱暴な物言いに周りの女官たちが驚いている。皍はそれを気にする様子もなく、宮殿の中へと入っていった。



 

 朱音あかねは夢の中にいた。

 自分は朱花シュカだった。

 一面に広がる花畑の中を嬉しそうに歩いている。色鮮やかできれいな着物を着ている。

 黄色い花を摘み、花の香りを楽しんでいる。幸せそうに、誰かに向かって微笑んでいるようだ。

 とてもあたたかい気持ちが込み上げてくる。視線の先にはきっと愛しい人がいるに違いない。

 とても、とても、幸せそうだ。

(そんなに幸せそうだったのに、なぜあなたは死んでしまったの?)

 朱音は朱花に問いかけた。答えが返ってくるはずもない。なぜならシュカは自分(朱音)なのだから。

 夢の中の朱花は自分とは別人のよう。とても美しく、淑やかな少女だ。父がいる。母がいる。そして、優しい姉がいる。毎日琴を奏でたり、歌を書いたりして過ごしている姿が見える。次の瞬間にはまた花畑になり、黄色い花を摘んで花びらを自分に振りかけて遊んでいた。ふと、男の人の手がのびてきて、彼女の髪に触れた。髪の毛についた花びらをそっと取ってくれたのだ。彼女は振り返り、その手が誰のかわかると、少しはにかんだように微笑んだ。そして、彼女は男の名を口にした。花の蕾のような小さな美しい唇がこう動いた。


 ガク様…。


 そこには、あの赤い髪の青年が立っていた。


(ああ…。この子(朱花)はこの人が好きだったのね…?)


 朱音は朱花の感情を受け入れた。朱音は朱花となり、朱花は朱音となり、すべてが一つになったような気がした。ずっとずっと前から一緒だったような気がした。


(そう。わたしは、朱花シュカ…。)


 朱花(朱音)は静かに目を開けた。そこにはあの赤い髪の青年がいた。そして、その隣には年配の女性が心配そうに自分を見守っていた。朱花は周りに目をやると、見事な細工の家具が並ぶ部屋で寝台の上に寝かされていることに気づいた。自分の部屋だ、と思った。

朱花シュカや。大丈夫か?」

 ガクは心配そうに朱花を見つめていた。

「鷽…皇子様。」

 朱花はゆっくりと体を起こそうとした。しかし、力が入らない。

「朱花よ、しっかりなさい。皇子様の前で気を失ったのですよ。」

 年配の女性は朱花を抱き起こし、乱れた赤い髪を手で整えてくれた。

「母上。」

 朱花は女性を、母、と呼んだ。

(そう、この人は私のお母さん。)

 何がどうなったのかわからない。しかし、自分の中に朱音あかねの記憶と朱花シュカの記憶があった。二人の意識が、この一つの身体に残っている。


高校生だった自分。朱音が暮らしていた世界。立ち並ぶビル。スーツや制服を着た人々が押し合うように乗っている電車。大渋滞の道路にはたくさんの車。轟音とともに飛び立つ飛行機。携帯電話で話す人々。退屈な授業。部活は弓道部。部活を終えて家に帰ると、弟がテレビゲームに夢中になっている。母が夕飯の支度をしている。父が帰ってきて家族の団欒が始まる。

(私は朱音あかね。あの世界で幸せだった…。)

 ここは龍の国。五色の龍が地上へ降り、人間たちを空、火、水、風、土の5つの部族に分けた。空の龍は雷を、火の龍は火を、水の龍は水を、風の龍は風を、地の龍は土を起こした。5つの部族は互いに相容れず、争いを繰り返した。しかし、今の皇帝が5つの部族を統一し、龍の国はひとつとなった。皇帝は力の均衡を保つため、5つの部族からそれぞれ娘を娶り、5人の皇子が生まれた。朱花シュカは火の部族の部族長の娘。姉の紅香コウカが皇帝の三番目の皇子鷽ガクと婚姻し、皇族の姻戚となった。しかし、朱花は火の龍の儀式の最中、死んでしまった。そして、朱音あかねの意識を持って生き返った。

(でも、なぜ朱花は死にそうな目に遭ったのかしら?朱音もあの世界で死にそうになったから、この世界とつながってしまったの?朱音は朱花の身体を乗っ取ってしまったの?)

 まだ朱花の記憶が完全ではなかった。わからないことが多い。

(また思い出すのかしら…?)

 思い出そうとすると、頭がズキズキと痛んだ。痛みに思わず顔をしかめる。

「何も心配することはないわ。まずはゆっくりと体を休めなさい。」

 母親が朱花の髪を優しく撫でた。

「母上、皇宮より使者が参ったそうですわ。父上がお呼びです。朱花はどうぞわたくしにおまかせを」

 部屋の扉が開き、姉の紅香コウカがそう言って入ってきた。

「使者とは、いったい何用でしょう。…それでは、お願いね。」

 母親は部屋を出ていった。


 




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