こまどりちゃん
これは月の生きる場所の物語。
これは太陽の死ぬ場所の物語。
小さな村の、小さな家に、ひとりの女の子が住んでいました。
女の子は、胸に赤いリボンを付けていて、いつもかわいらしい声で詩なんかをそらんじてみせるので、村の人からは「こまどりちゃん」と呼ばれていました。
そのこまどりちゃんは、村のちかくの森の湖で、毎日のように花をつみます。
つんだからといって、それをお家に持ち帰ったりはせず、たいていは湖の端っこにぷかりと浮かべて、それをぱちゃぱちゃと沈めるのでした。
「…だれか 王子が いつか来て あの子をめとって くださいな…」
そんな詩をうたいながら、ぱちゃぱちゃと沈めていきます。
湖の向こうでは、もう、太陽がひそりと死にはじめておりました。
鳥たちのうたう声も、水面のささやきも、静かに、ひそりひそりと消えていきます。
太陽が死ぬと、月が生まれます。
月が生まれると、こまどりちゃんは、また花をつんで、それをぱちゃぱちゃと湖の端っこで、沈めてしまうのでした。
「…かわいそうな お姫様 いつかだれか 夢を見て だぁれも知らないお姫様…」
そんな詩をうたいながら、お家までたったと駆けていきます。
ときおり、ふ、と後ろにある湖を見つめながら、そうしてまた前を向きながら、こまどりちゃんはいつもそうして帰っていくのでした。
お家には、だぁれもいません。
お母さんは遠くの町へといってしまって、こまどりちゃんはひとりで、このお家をきれいにしたり、村のひととお話しをしたりして、過ごしているのです。
「…湖で消えたお姫様 いつかだれかが 迎えにおいで そうしてしあわせな鳥になれ…」
かわいらしい声で、そんな風にうたいながら、こまどりちゃんはベッドにもぐりこみました。
ふかふかのベッドからは、さっき死んでしまった太陽の、あたたかなにおいがしました。
この村では、太陽が死んでしまわないと、月は生まれません。月が生まれてしまうと、太陽はずぅっと死んでいます。でも、月はぱたりと死んでしまうので、こまどりちゃんは、いつだって、太陽に会うことが出来たのでした。
ぴちち、と鳥がうたをうたい始めます。そうすると、太陽は生きかえります。
こまどりちゃんはベッドから飛びはねるように起きて、いつものようにリボンをきゅっと結びます。
だのに今日は、ちぃっとも明るくなりません。こまどりちゃんは、少し、怒ってしまいました。
「あら。こまったわ。太陽さんったら、ねぼすけさんなのね!」
そう言って、森の中へはいっていって、湖をぱちゃぱちゃとたたきました。
「太陽さん、もう、おきないとだめよ」
ぷかりと向こう側が明るくなっていって、太陽が月をまぁるく飲み込んでしまいます。そうして、太陽は、生きていくのです。
こまどりちゃんは、ねぼすけな太陽をおこすのは、もう慣れっこでしたから、いつものように花をつんで、いつものようにぱちゃぱちゃと湖に沈めていきました。
「…この花に のっていって どこまでも。 小鳥のように お姫様…」
そんな詩をうたいながら、こまどりちゃんは花をつみました。
「死んでしまう月のために。 生きていく太陽のために。 …湖よ わたしの声をはこんでおくれ」
ぷかりと浮かべた花びらは、ちかりちかりとまたたきながら、ゆっくり、湖の中へと沈んでいきます。
湖は、太陽が生まれて、死ぬ場所です。月が死んで、生まれる場所です。
月は、太陽を食いやぶって、生まれてきます。
太陽は、月をのみ込んで、生まれてきます。
「お姫様。 いい夢をみてちょうだいね」
こまどりちゃんはさえずるようにそう言って、村へと戻りました。
湖の向こうでは、太陽がぴかぴかの、生まれたての体を光らせていて、とてもまぶしくって目が開けられないぐらいでした。
小さな村では、今日も、死んでしまった月のためのおいのりがあります。
そして、生まれてきた太陽のための、たいせつな祝福があります。
「今日もいちにち、太陽さんがすこやかでありますように。…お月様が、しあわせでありますように」
こまどりちゃんもていねいに、おいのりをして、祝福をしました。
「…とってもかなしい お姫様 お月様が沈まないと であえない…」
そんな風にうたいながら、こまどりちゃんはお家を、太陽に負けないぐらいぴかぴかにしました。
今日も、また、太陽が死んでいきます。そして、お月様は生まれてくるのです。
「お姫様。 …はやく、夢から目覚めてね」
こまどりちゃんは、太陽をまぶしそうに見つめながら、そんなことを、つぶやいていたのでした。
お家の窓の向こうでは、もう、太陽が死んでいくところでした。
こまどりちゃんのお話は、これでおしまい。
ほら、あそこにネズミが走っていくよ。あれでマントを作りなさい。