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フロウラーズ奇譚  作者: 山路 桐生
2/7

僕は13時間の命

 午前9時にカーテンを開いて彼女を起こすのが僕の役目。

 彼女はいつも早く眠るのに、どうしてか毎日遅くまで寝ているから大変だ。けれど起こさないといつも彼女は眠ったままになってしまう。

 カーテンを開けて朝の日差しを取り入れて、お茶の準備をする。

 彼女が目を擦って起き上がったのを見て、朝のいつも通りの挨拶を。

「おはよう、今日もいい天気だよ、アンリエッタ」

 彼女の返答はいつも変わらない。

 それを聞きながら、僕もいつも通りの返答を返す。

 にこり、笑う。それに彼女も、にこりと笑う。

 満足してお茶を注いで彼女へと渡した。

「カモミールのお茶にしてみたんだ、どうかな」

 彼女は一瞬だけ不思議そうな顔をして、お茶を恐る恐る飲む。気に入ったようで、顔を輝かせていた。その笑顔一つだけで、僕は今日も頑張れるんだ。

 僕の淡い恋心に、彼女は気付かない。きっとずっと、気付かないんだろう。でも、それで良いんだよ。

 僕は君の執事だから。

 今日の朝ご飯は君の大好きなスクランブルエッグに燻製タラのスープだって、良かったね。美味しいって食べる君を、見てるのも僕の役目。嬉しい役目。


 お昼になって、おやつとティータイム。

 赤や黄色の薔薇の咲く庭で、テーブルに座ってのティータイム。今日は珍しくお日様が顔を出したから、きっと彼女も嬉しいだろうな。

 けど、いつも思うけど、その後の昼食はどこに入るんだろうねってぐらい食べる。

 オレンジジャムと生クリームを挟んだスコーンにサンドイッチ。

 さくらんぼのジャムのかかったシフォンケーキにベリーのたっぷり入ったパウンドケーキ。

 君はいつもそれを紅茶と一緒にぱくぱくぺろりと平らげて、お昼ご飯まで本を読む。分からない字や言葉が多いみたいで、僕に聞いてくるけれど。僕が分からない事だって、きっと君は知っているはずなんだ。

 でも、それを隠して聞いてくる君は、とっても可愛らしい。

 僕が一日をずっと暇そうにしているって、そんな理由で話しかけてきているんだとしても、だ。実はそんなに暇じゃないんだよ、アンリエッタ。

 でも君のくるくる動く表情を見ているのも好きだから、そんな事言わないけれど。

 僕の淡い恋心に、彼女は気付かない。きっとずっと、気付かないんだろう。でも、それで良いんだよ。僕は君の執事だから。

 今日のお昼ご飯は君の嫌いなカボチャとお野菜のシチューパイだって、ごめんね。美味しくないなぁって言いながらも食べる君を、僕は見ていた。


 夜になって、彼女は夕食の時間。

 ながーいテーブルの端っこで、ロウソクの光だけで行う晩餐会は、彼女のお気に入り。

 一人だけで寂しくないの、と聞いたら、「君がいるもの」と返されたのはいい思い出だ。うん、だからって無防備にぱくつく姿を見せられても、僕が対処に困るだけなんだけど。

 今日の御夕飯は………あれ、書いてないや。またコックの奴、サボったな。困るからやめて欲しい。

 えーと、そうだ、今日はシチューがお昼だったから、軽くする予定だったんだ。

 マフィンにシェパーズパイ。今日の君の夜ご飯。パイ生地を捏ねるに捏ねて、厚めに切る。

 羊のお肉を使うから、臭みを取るためにコックと一緒に作っていく。彼女は僕が作ると喜んでくれるから。…今日のも喜んでくれると良いんだけど。

 ロウソクの光に照らされる彼女はいつも綺麗。

 あぁ、でも今日がもう終わっちゃう。残念だなぁ、もうちょっと一日が長くなれば良いのに。

 そんな事を思っていたらちょっと焦がしてしまった。………ごめんよ、アンリエッタ。

 焦げてない部分だけを出したら、案の定彼女はちょっとだけ首を傾げて問い掛けてきた。

 これ、小さいわって、君いつも大きさ測ってるの?

 はしたないからやめなさい、と言ったらしょんぼりされた。…悪い事してる気になるから、その顔だけはやめて欲しい。でも、僕だって怒る時は怒るんだよ。

 訳を話して、ちょっぴりばかねぇって言われて。

 それだけで僕は救われた気持ちになれるのです。


 お風呂に入って、侍女達にそうとう甘やかされたらしい。彼女の髪も手先も爪の一本に至るまで、綺麗に磨き上げられていた。

 いつもの事なのだけれど、今日は彼女もご機嫌だから、きっと侍女達もやりやすかったんだろう。

 あぁ綺麗だね、と笑えば、彼女がひらひらと踊る。

 一息吐いて暖炉の傍で本を読む彼女の目蓋が落ち始めた。

 うとうと、うとうと。こっくり、こっくり。舟を漕ぎ始めたら、そぅっと抱きかかえてベッドまで運ぶ。

 ふかふかの天蓋付きの、白いレースとピンク色のフリルの付いた可愛いって彼女が言うベッド。枕はこれまた可愛いと言う水玉模様とフリルの付いた大きい枕。

 彼女が三人くらい入りそうな大きなベッドに、いつも彼女は一人で眠っている。

 抱きかかえると、白いシルクのネグリジェを着た彼女からは、ふんわりと甘い花の匂いがした。

 それにどきりとして顔を振る。その刺激で目を擦った彼女をベッドまで運んで、頭を撫でる。

 可愛い寝顔を見つめて、今日もぴったり午後11時。

「おやすみ、アンリエッタ」

 そう言って、向こう側に街の光が見える窓のカーテンを閉める。

 おやすみなさい、と返ってくる言葉の代わりに静かな寝息がすぅすぅと響いていた。それに笑いながら、そっと暖炉の火を消して、電気をぱちんと消す。

 ゆっくりと扉を閉じて、はぁと天井を仰ぎ見る。

 そうでもしないと、泣いてしまいそうだ。

 あぁ、明日の朝のお茶を入れないと。でもそれよりもまずは、君に言わなければ。

 僕の眦から、涙が一滴、零れ落ちた。

 今日も一日、ありがとう、それから。


「さよなら、アンリエッタ」


 午前9時にカーテンを開いて彼女を起こすのが僕の役目。

 彼女はいつも早く眠るのに、どうしてか毎日遅くまで寝ているから大変だ。けれど起こさないといつも彼女は眠ったままになってしまう。

カーテンを開けて朝の日差しを取り入れて、お茶の準備をする。

彼女が目を擦って起き上がったのを見て、朝のいつも通りの挨拶を。

「おはよう、今日もいい天気だよ、アンリエッタ」

「あなたはだぁれ?」

 その言葉に、にこり笑う。

「僕は君の執事の、レオンです」

―――あぁ、また昨日の僕が、死んだ。

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