未知
第2資料室の前、三人は立ち尽くしていた。
入部の面談、と先生が言っていたそれを、陸斗の身勝手な行動により受けることになった山、雪乃、そして当事者である陸斗の3人が、第2資料室の前で立ち尽くしていた。
面談に緊張しているからではない。
そもそも陸斗は、これを面談だと思っていない。これは、言い換えれば入部テストである。入部テストということは、その部で活躍できるかを見極めるものであるからして、適切な表現をするなら面接だろう。と感じていた。
面談と面接は似ているようで違う。
面談とは、相手同士が話し合い、お互いの理解を深めることである。
しかし面接とは、一方が相手に自分をアピールし、もう一方がそれを見極めるもののことである。
となれば当然、この場においては面接が適切だろうし、話し合いなんかではなく、自分たちをアピールする必要があるからだ。
話を戻そう。
3人が立ち尽くしていたのは他ならない、部の名前である。そういえば聞いてなかったなぁ。と思い出すのと同時に、「それってあれか、名前すら決まってないという部活か?」と言った自分の発言を思い出す。
そして扉の横にあった部活の前。そこに書かれていたのは、
【相談部(仮)】
黒のサインペンで書かれたその文字は、適当に書いたようにも見え、丁寧に書かれたように見えた。
だが、そんなことはどうでもいい。名前が決まってないとは聞いていた。それじゃあ部費の申請などをするとき名前はどうするのかと疑問を抱いたこともある。そもそも部費が必要なのかは知らないが。いや、しかしこの名前は酷すぎる。適当すぎる。無慈悲すぎる。
「「「……。」」」
3人揃いも揃って声が出ない。そんな静寂を切り裂くように、目の前のドアが開かれた。
そこに立っていたのは、紛いもない美少女だった。
可憐な少女というよりは華麗な女性というフレーズの方が似合うであろう彼女――川村海恵――は真っ黒で腰の辺りまで伸びる髪をなびかせ、制服を上品に着こなし、触れたら折れてしまいそうだと想像させる細い体で、
「何をしている。用がないならさっさと去れ。」
冷たい口調でそう告げた。
その言葉だけで背筋が凍った3人は、今まで考えていたくだらないことを忘れ、石像のように止まっていた体を動かし言った。
「用ならあります。」
「俺たちをこの部に入れてください。」
「お、お願いします…。」
至って真面目な顔の三人を見て、
「入れ。話を聞こう。」
川村は部室に招き入れた。
「お前たちは、この部に入りたいという言葉に嘘はないな?」
「もちろんです。」
「3人全員が入りたいのか?それとも付き添いで来ている奴もいるのか?」
その言葉に陸斗は一瞬驚きながらも顔には出さず、二人の顔を見て、顔だけで二人に伝えた。
話を合わせろ。
2人は何も言わず頷きもせずに、理解し、承知した。
「全員が入部希望です。」
代表して陸斗がそう告げる。するとそれを信じたのか信じてないのか、分かったわ。と川村が言い、更に続ける。
「じゃあ1人はこの部室に残って後の2人は廊下に出ていて。」
何を言っているのか意味がわからなかった。怪訝な顔している3人に川村は続ける。
「誰がどういう理由でこの部に入りたいのかを聞きたから1人ずつ話をさせろって言ってんの。」
今までとは明らかに違う雰囲気でそう言った彼女に、陸斗が答える。
「分かりました。1人が終わったら交代して他の2人とも話をするということですね。」
「そういうこと。1人3分もかからないわ。」
まずは誰?と聞かれた3人の中で声を挙げたのは、
「じゃあ俺から。」
陸斗だった。やっぱり。というような表情を浮かべる川村は2人に廊下に出るよう促した。
2人が部室からいなくなったのを確認してから話が始まる。
「聞きたいことは2つだけ。入部希望の理由と経緯を教えて。」
廊下にいる2人には聞こえない小さい声で質問される。
少しでも変なことを言えばまず入部させてもらえないだろうこの状況で、落ち着いて冷静に陸斗は答える。
「理由として一番大きいものといえば、興味だと思います。面白そうだからという興味ではありません。活動内容を聞いた時、自分自身に驚きました。なぜなら、その部のことをもっと知りたい。という気持ちが止まらなかったからです。入れた後の想像をしていたこともありました。それほどまでに、この部活に興味を持っています。それ以外でいえば、俺は人の役に立つことが好きで、楽しいので、この部活で人の役に立ちたいと思っているからです。」
9割事実。1割虚構で理由を話す。1割の虚構、それは陸斗の興味に、面白そうだからという感情が含まれている事だった。それが以外はすべて事実である。
そのとき、2度目であるあの声が聞こえてきた。
《いつまでそうするつもりだ?いい加減素直になれよ…!》
陸斗は固まった。前と同じように、この声を聞いた瞬間、軽い吐き気がした。これが周りにいる誰かの声でないことはわかっている。けれど、誰の声なのかは分からない。
今すぐにでもこの場から逃げ出したい。けれど、ここで逃げ出したら【相談部(仮)】を諦めることになる。それだけは避けたい陸斗は、必死になって心を落ち着かせ、冷静になる。
「経緯も早く話してくれない?」
黙って座り込んでいた陸斗に川村はそう促す。
陸斗はできる限り簡潔に、けれど相手に変に思われないようにして話を終わらせた。
じゃああなたはおしまい。と言われた陸斗は廊下に行こうとして、呼び止められた。
「ここで待っていて。そこら辺に座ってればいいわ。」
陸斗は川村の話を受け入れた。おそらく、廊下で山達に話した内容などを教えさせないためだろうと悟った陸斗は壁に寄りかかりながら座った。
「次、入って。」
そう言われて入ってきたのは、山だった。
山も陸斗と同じ質問をされた。山は陸斗に無理やり連れてこられたようなものだったので、大した理由もないのだが、人と話すのが得意な山なので、会話での対応力も凄かった。
「まずは理由ですね。おそらく先ほどの子と同じになるとは思いますが、興味を持ったからです。この部活に――。」
理由が終わるとすぐさま話を切り替える。
「次に経緯です。この部活を知ることになったのは、友達からの話を聞いててです。友達に――。」
すらすらと話を進めていき、あっという間に終わった。これには陸斗も驚き、素直に関心していた。
おそらく、いや、ほぼ確実に陸斗より印象は良かっただろう。
そして山も陸斗と同じように、陸斗の隣に座った。
「最後。」
最後に入ってきたのはもちろん雪乃だった。人と話すのが苦手である雪乃にできるのかどうか、2人は心配だった。
いつものように強い口調になれば一応会話は成立する。しかし、印象は最悪だ。けれど、そうでなければまともに話なんてできるわけがない。
手を差し伸べることも出来ない、見守ることしか出来ないことを悔やむ2人。
理由は違うが、2人の力になれないことを悔やむ雪乃。
そんなことをしている間にも、話は進んでいく。
「聞きたいことは2つだけ。入部希望の理由と経緯を教えて。」
陸斗と山と変わらぬ質問をする川村のその質問に雪乃は懸命に答える。
「こ、この部に入って……色んな人の、話を聞いて、人と話すこと……が、苦手な自分を、変えられたらいいなっ……て……。」
人と話すことが苦手。それが雪乃の短所である。だったらそれを、話のネタに利用すればいい。そう結論づけて話した雪乃に、陸斗は感心する。
そして力を振り絞り、雪乃は最後まで話を終わらせた。
「じゃあ全員座って。」
3人は、川村に言われた通り椅子に座る。
そして唐突に告げられた。
「全員不採用。」
まるで会社の面接でもしているかのように言う川村の前で、いまいち状況を飲み込めていない3人を無視して川村は続ける。
「まず2番目と最後に来た2人。」
山と雪乃はビクッと震える。
「この2人は本当に入部したいとは思ってない。最初にそう気づいた時点で入部させる気はなかった。」
山と雪乃はぽかんとしている中、陸斗だけは気づいた。3人に軽く顔を合わせて目だけで合図したあのときだ。あのときに川村は見抜いていたのだと。
(相手を甘く見すぎていた……!!)
そう悔やむ陸斗にも、川村は続ける。
「それから、最初に来たお前。入部したいと思っていることは本当。それは事実だろう。しかし、その理由がダメ。人の役に立つことが好きで、楽しい。ここで嘘をついたことが、敗因だ。」
陸斗は納得いかなかった。なぜなら、これは陸斗が自分の本心に従い放った言葉だからだ。
しかし、ここで言い返せる勇気もない。それに、確かに納得は行かない。でも受け入れることは出来てしまうのだ。川村の言葉を。
「別に本心から人の役に立とうと思えなどとは言っていない。ただ、嘘をつくなと言っているのだ。」
「嘘をつかずに正直に話せば、入部出来たということですか…?」
「そう極端に結論づけるな。嘘をついた時点で入部させる資格はないというだけ。入部確定の条件ではない。」
そこで陸斗はほぼ確信した。今の川村の発言におそらく嘘はない。しかし、川村は端から誰かを入部させる気がないのだと。
陸斗はそこで初めて草寺先生が、面接ではなく面談といった意味がわかった。
面接とは、一方が相手に自分をアピールし、もう一方がそれを見極めるもののことである。
面談とは、相手同士が話し合い、お互いの理解を深めることである。
端から入部させる気がないのなら、見極めるもクソもないので、面接とは言わない。
しかし、面談とも言わないのである。
なぜなら面談とは、会社などでいえば、合格、採用等がほぼ決まった状態で行われるものがほとんどである。だが【相談部(仮)】の入部テストは、合格者がいない。
ではこれは何と呼べばいいのか。
裁判のような、議論のような、けれどどれも全然違う。そこで陸斗は思った。この入部テスト、希望者が一方的に自分の意見を言っているだけである。つまりこれは、ただの自己紹介のようなものだろ、と。
そんなくだらない結論に心の中で苦笑いする陸斗。
「話は終わったわ。これ以上用はないわね?」
川村は、この教室に3人を入れてから1度も変えていない表情、瞳。こちらに全く関心のないその表情、瞳を向けてそう言った。
言われた通りである3人はすぐに教室を出た。
不思議な子だった。今までに見たことがないタイプの人だった。未だ見たことのない、表情だった。瞳だった。態度だった。
そして、バレることはないだろうと思っていた2つの嘘も、いとも簡単に見破られた。
こんな奴がこの世にはいたのかと。まるで世界中を見てきたかのように陸斗は思う。
そして同時に、【相談部(仮)】だけでなく、川村海恵にも異常な興味を抱き始めた。