脚のない蟹~チート能力をクラスメイトに奪われた少女~
舞は百年に一度と言われるほどの美少女だ。
舞の家族は舞を生み出したのが頷けるような容姿で、舞の基準はそれが当たり前だった。そんな価値観の偏った舞だったが、内向的な性格で友達は少なくても(その少ない友達も家族と同じようなレベルの顔面偏差値だ)虐められることは今までなかった。
この瞬間までは――
異世界を救う為、白い空間で神と名乗る存在にチート能力を与えられているクラスメイト達。気の早い者は次の段階、井戸から飛び込んで異世界への移動をしようとしている。
そんな気の早い者たちとチートを授けられている者たちが素早く目くばせをしていることに、白い空間に来る一瞬前まで教室で一緒に話していた幼馴染の姿がなく、見知らぬ場所に戸惑っている舞は気付いていなかった。
今、この場で、舞の味方は誰もいなかった。
同じクラスの女子たちは社交的ではない舞が男子にモテる容姿であることに嫉妬していたが、二次元の住人のように舞はトイレに行かない上に、男子たちの妨害で虐めることができなかった。
女子たちからの苛めから舞を守っていた男子たちだったが、彼らは彼らで舞と付き合おうと互いに牽制し合って膠着状態だった。
だが、女子たちも男子たちもチート能力を与えられる機会に浮かれていた。
百年に一度と言われるほどの美少女よりも上になる力。
百年に一度と言われるほどの美少女が頼りにしてくれる力。
舞がチート能力を持っていなければ、自分は舞より上の存在になれる。
魔が差したとしか思えなかった。
クラスメイト達は神と名乗る存在からチート能力を貰おうと並んでいる列を遠くから見ている舞の腕をつかむと、異世界と繋がる井戸に引き摺って行き、突き落とした。
舞はこうしてチート能力を神と名乗る存在から貰えなかった。
しかし、クラスメイト達は失念していた。百年に一度と言われるほどの美少女は異世界でも稀に見る美少女だと言うことに。
神に祈って、彼らを召喚した者たちが舞に目を奪われていた。
チート能力を持っていても異世界の知識やお金はない。それを与えてくれる存在は舞を特別視していることに女子たちは瞬時に理解した。
男子たちも自分たちより世知に長けた者たちが舞を特別視していることに気付き、自分たちが舞が頼る存在になれないことがわかった。
キラキラとしたエフェクト効果のチートでも持っていそうな異世界人の男が舞の前に跪き、その右手を手にとって口付けるのをその場にいる者たちは時間が止まったような気持ちで見ていた。
「麗しい人。そなたが美しさ以外にも、世界を救う力を手にしているなど信じられない。危険に満ちた救世の旅を行うかと思うと、私の胸は張り裂けそうだ」
「・・・」
舞は手を取られたまま、大きなショックを受けて固まっていた。
何かクラシックかオペラのBGMでも流れているかのような空気を一つの声がぶち壊す。
「彼女に力なんてないわ」
してやったりという表情で言ったのはクラスのリーダー格の女子・小早川だった。
どよめく異世界人をよそに、舞とキラキラ男を見る女子たちの表情は小早川と同様に悪意と嘲りに満ちている。
チートを手に入れたんだぞ。
こんなところで舞を異世界人に奪われてたまるもんか!
これからこのチートで舞の心を手に入れるところだったのに・・・!
そう思ったクラスメイトの男子が何人いたことか。
空気が緊張を孕む。
「小早川」
男子たちの一人が焦って止める。
「本当のことなんだからいいじゃない」
男子たちにモテていた舞を苦々しく思っていたのは小早川だけではなかった。クラスだけではなく、学校中の女子たちの総意だ。
舞本人にその気はなく、男子たちを避けていても、女子からの僻みを舞は避けきれていなかった。
怯えてオロオロした舞は、その場に居ないと思った親しい姿を見つけて呼びかけた。
「まーくん!」
赤茶けた髪。夏場は一時間で赤くなる白い肌。端正な顔のその少年を目にした舞は、自分の手を取るキラキラ男の手を振り払って、少年に駆け寄る。
「良かった! てっきり、まーくんはこっちに来てないかと思った」
神と名乗る存在のいた場所で自分を裏切ったクラスメイト達と、敵とも味方ともわからない異世界人たちに囲まれていた舞は、元の世界に取り残されていたと思っていた幼馴染との再会で気が緩んだ。
「教室で舞と一緒にいたろ?」
「でも・・・。変なとこではいなかったじゃない」
クラスメイト達に裏切られた場所に幼馴染がいれば、裏切られなかったと舞は言葉にしないながらも批難する。舞がクラスメイト達に裏切られたことをその場に居なかった幼馴染が知るはずもないが。
「色々あったんだよ。色々」
「そうなの? でも、まーくんが来てくれてよかった」
「うん。奴がいないからね」
「奴? どういうこと?」
”奴”が誰かわからずに尋ねる舞に答えたくないのか、幼馴染は他の人々に視線を巡らせる。
「はじめまして。そうじゃない人もはじめまして。僕がこの世界に君臨する現在の魔王(バイト中)です」
「ま、魔王?! それもバイト中って?!」
聞き慣れない言葉とその組み合わせに舞は目を白黒させる。
「すぐに行くから、先に帰ってて」
舞の姿が消える。
元の世界に戻されたのだ。
そして、元邪神が転生した少年魔王(バイト中)は同じ学校に通っていた召喚された者と召喚した者に向かって、背筋の凍るような笑顔を見せた。
「二度と舞を煩わせないようにしないとな。元邪神として、前の魔王の依頼で魔王(バイト中)だからって、言い訳できないもんな」
舞ちゃんと元邪神が転生した少年魔王(バイト中)な幼馴染はその後も地球で幸せに暮らしましたとさ。




