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5,手のぬくもり

ただ今午前4時半を回ったところだが冬はまだまだ外が暗い。

adoucirアドゥシールという店名だと出てから気付く。

やはりあのマスターは音楽に相当詳しい人なのではないだろうか…


「さて方向が一緒なのは僕と一之瀬か…」

小暮がタクシーを捕まえるために歩道に向かう。

竹内は逆方向なため別の路地に向かいタクシーを拾うそうだ。

「あ、自分はこれからネカフェで時間潰します!」

と相沢。

「相沢元気だねぇ…」

「俺これからネットゲームのイベントするんで眠くなるまでやりますよ!」

意気揚々とネカフェに向かって行った。そのパワーをもっと仕事に使えと言いたい。

「私は正直立ってでも寝れそうですけど…」

「一之瀬はもっと体力をつけろ」

「もう右肩下がりですよすみません」

「ほら、タクシーに乗るぞ」

はいはいと言いながらタクシーに乗り込む。


方向的に私が先という事で行き先を運転手に伝える。

マンションに近づいて来てそろそろ止まってもらおうと声をかけようとした瞬間ギクリとした。

マンション前に誰かがいるようだ、こんな時間に?

そのままマンションを素通りして相手を確認した。薄暗くてはっきりとは確認できないが背格好からして恐らく、文也だ。いつからあそこにいるのだろうか。

「すみません。そこのコンビニで止めていただけますか?」

コンビニで止めてもらうが考えが纏まらない。どうしたらいいだろうか。

運転席の背に頭を埋めたような姿勢で考える。

「…」

渋い顔つきの私に何か感じ取ったのか小暮が肩を叩いてきた。

「どうした?」

「…」

一体どういうつもりなんだろうか。頭の中が混乱する。

度重なる電話に待ち伏せ?なにそれ…怖い。

「一之瀬?」

とにかく今帰るのは非常にまずい。

コンビニで時間を潰してもいいが彼があそこにいつまでいるかも不明だ。

むしろコンビニに来る可能性だってある。駅で時間を潰すのも同様危険だ。

こんな早朝に友人宅にも押しかけられない。

いっそ相沢みたいにネカフェにでも行った方がいいかもしれない。

「すみません課長。ご自宅どの辺りでしたっけ?」

「目黒だけど?」

私は顔を上げて運転手に頼む。

「すみません渋谷までこのままお願いします」

運転手は頷くと車がゆっくりと走り出す。

「一之瀬?」

「すみません課長。渋谷までご一緒してよろしいですか?」

「それはいいが…。何があった?」

「…それは。ちょっと個人的な理由です」

「自宅に帰れない程の理由か」

「…」

「何があった」

「…」

「言え、何があった」

次は無いというような厳しい口調で私に問いかける。

その目が怖いんです!眼鏡越しから威嚇するのやめてください!

「別れた相手がマンション前にいたので家に帰れませんでしたっ」

観念した私は半ばヤケクソで返答すると小暮は目を見開いた。

「別れた?…のか?」

「はい。数時間前にっ」

いちいち思い出させないでほしい。折角忘れてたのにあの羞恥プレイ。

「数時間前…?」

怪訝そうな顔で私を見つめる。

「別れ話が終わってすぐに課長から連絡がありました」

「それは…また」

ボスッ…と音がしそうな勢いで後部座席に背中を落とす。

外を見ながらくすぶっていた気持ちを独り言のように呟く。

「親友だとおもってた子と浮気されました。しかも妊娠とか…最悪…」

「一之瀬…」

「ほんと…負け犬ですね…」

ふいに冷えた左手に小暮の手が握られた。暖かい…優しい手だ。

同情でも今はとてもその手が嬉しかった。

「それで泣きそうだったのか…」

「泣きそうっていうか…なんだか悔しくて…5年なんだったんだろう。何を間違えたんだろうって」

握られた手にぎゅっと力が入る。

「話は終わったとおもうんですけど何故か相手から着信は大量にあるは友人にまで電話されるわ、自宅前で待ってられるわで正直パニック中が現在進行形です」

早口で一気にまくし立てる。思い出したら目頭が自然と熱くなる。

「なんだそれは…」

「こっちが聞きたいです、今すぐにでも寝たいのにいい迷惑ですよ」

迷惑という台詞はもはや涙声になっていた。

これ以上言葉を出したら決壊しそうな目尻の涙は抑えられない。

歯を食いしばって嗚咽をなんとか押さえようとした時、小暮の空いている手が私の頭部を肩にひっぱった。その拍子にホロリと涙が小暮のスーツに染込んでいく。

「かっ…課長っ」

耳に近づいた小暮の口元から囁く様なバリトンが心を燻る。

「跡が付くほど唇を噛むな。泣いていいんだぞ」

「…うっ…っ」

何年ぶりに泣いただろうか。

声を出さずに小暮の肩で涙を流した。

別れた事に後悔はしていない筈だ、彼は私のもっとも嫌う方法で裏切ったのだ。

それなのに何故涙がでるのか、悔しいのか哀しいのか今の気分はめちゃくちゃだ。

そんな泣き方をしている沙紀を小暮は苦い顔をし背中を優しく撫でていた。


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