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10,突然の訪問客

マンションの管理会社に連絡をして鍵の交換を相談したが、メーカーに発注し製作させるために最低でも1ヶ月はかかるという事になった。

オートロック設備は非常にありがたいがこういう事になるとなにかと不便だ。

仮シリンダーへの交換もできると言われたが、そこまでする必要はないとばっさり総司さんに切られてしまったのであれから1週間経った今でも居候をしている。

基本的に帰るのは私の方が早いので早々に合鍵を渡されるがその鍵が妙に重く(プレッシャーに)感じる。

正直この半端な立ち位置に疲れてきていた。

わかっている。私自身の問題だ。

半ば強引に流されるように今の状況に置かれているがいいのだろうかと。

雲の上でフワフワ浮いているような、それでいて重い鉛がのっかっているような気分になる。自分はこんな中途半端な人間だったのだろうかと自己嫌悪に陥っていく。

そんな葛藤を分かっているかのように総司さんは口には出しはしないが遠くから見守っていてくれているように感じる。

あれ以来ベッドに入っても抱きしめることはあっても抱かれることはない。

それは時間が欲しいといった私の言葉を酌んでくれているという事だろう。

色んな意味で彼に我慢を強要させていると自覚はしている。


夕飯の材料を買って総司のマンションに入る。

彼のマンションは中目黒・恵比寿・代官山を圏内とした非常に立地の良い低層マンションだった。周囲も緑に囲まれ都会の喧騒を忘れそうな癒しのある素敵な場所だ。

間取りも2LDK+WICウォークインクロゼット+SR(ルーフバルコニー、サービスルーム)と一人暮らしにはありえないほど贅沢。

マンションの扉をガチャリと開けたと同時にスマフォが鳴った。

総司さんからだ。なんだろう?

「沙紀ですもしもし?」

焦ったような総司さんの声が聞こえる。

「いまどこだ?」

「えっと今玄関を開けた所です」

「そのまま外にでてくれ」

「へ?」


そうしていると誰もいないはずのドアが勢いよく開いた。

開いたドアに顔をぶつけそうになり慌てて後ろに下がると…開けたであろう相手と思い切り目があって瞬間…固まる。

第一印象は…恐ろしくゴージャス美女である。

「え…?」

ゴージャス美女は私に向かって艶やかに微笑む。

「こんばんは!その通話、総司?」

通話中のまま固まっている私はコクコクと縦に頷くしかできなく、美女は私から素早くスマフォを奪い取った。そして一言。

「ざんね~ん!子猫ちゃん捕まえちゃったわぁ」

こ…子猫ちゃん!?

「それじゃ切るわね!」

とこれまた勝手に切って私に差し出す。

「おかえりなさい」

にこりと笑顔で迎えられ意味が分からず若干引き攣る私に彼女は言った。

「はじめまして。総司の姉の椿つばきです。よろしくね」

まさかのお姉様の登場であった。



「はいはい!突っ立ってないで中に入る」

言われるがまま中に引き摺りこまれ(!?)持っていたスーパーの荷物も奪われる。

私はというと呆然と立ち尽くし今この状況はどういう事なのかと整理しようとおもうが、パニックでそれど頃じゃなかった。

まさかのお姉様の訪問でおろおろしている私に「楽にしたら」と笑いながらコーヒーを差し出してソファーに腰をかける。

私も仕方がないのでコートを脱いで床に腰を下ろしお姉様を観察する。

肩甲骨辺りまであるゆるいウェーブのかかったダークブラウンの髪、目元と口元が何処となく総司さんと似ているなと思う。彼女の魅力を存分に引き立てている艶やかな化粧にほんのりと甘い香水の香り。姉弟揃って整ってる容姿だ…強引なところもそっくり。

「ごめんなさいね。突然主人にドタキャンされちゃってね?」

「あ…いえ。私こそ」

「せっかくなのでちょーっと早いかなとはおもったんだけど、総司のお相手にあってみたいなって」

小首を傾けながら猫撫で声で言ってくるが、そんな風に言われても突然すぎます。

「お相手って…いや…その。そんなんじゃ…」

「あぁ、別に本人から聞いたわけじゃないのよ。ただ、うちの家族はなかなか隠し事ができないのよねー」

どういう意味ですかと私はまた顔を引き攣らせる。

「やっと弟が本気になった子にちょっと会ってみたいって好奇心だから、変に気にしないでね?」

「はぁ…あっ…ご挨拶もなく失礼しました。い…一之瀬沙紀と申します」

どんな状況でも挨拶は基本だと我にかえり一応自己紹介をする。

「こちらこそ突然押しかけてごめんなさいね、改めて姉の椿です。どうぞよろしくね」

「こちらこそよろしくお願いします」

優雅に微笑みながらも視線はじっと私を見据え、まるで品定めをされているような気分になる。物凄く…気まずい…。しかしここで私はその視線を逸らしてはいけないような気がしてさながらマネキンのように微動だにせずお姉様と対峙した。

対峙というよりは蛇に睨まれた蛙よね…これは。

なるほどね~というような独り言を呟いた後に彼女は目元を緩ませて笑ってみせる。


「まさかいきなり総司が同棲始めるなんておもってもみなかったわぁ」

いきなりの直球ですか…。なんかもう青を通り越して土色になりそうだ…。

「いえその…同棲というより居候させていただいてるだけなんです。本当にすみません」

「あら、謝ることなんてないわよ。いい大人同士なんだから」

「でも…総司さんにもご迷惑おかけしているので…」

「迷惑とかおもってたら家まで連れてこないとおもうんだけどねぇ?」

思わず俯いた私にそう言うとまたもや何かを納得したようにうんうんと頷いている。

「なるほどー…強引に連れ込んだまではいいけど肝心の貴方の心まではまだ囲んでない…って所なのかしら?」

「か…囲うって…。確かにちょっと強引でしたけど総司さんは悪くないんです。私のほうがむしろ不誠実というか…」

「不誠実って?」

「…それは」

「ふふふ。よかったら聞かせてくれない?これでも人生経験では貴方には負けていないとおもうわよ?」

その言葉は私にとってまるで悪魔の囁きでもあった。

初対面の、しかも総司さんの姉にこんなことを話してしまっていいのだろうかとおもったが、その反面今の私を客観的に指摘してくれる人を探していたのかもしれない。

それが結果として今後どうなろうと今感じているもやもやが解消されるのではないか?

私は顔を上げるとここに来る事になった経緯をそして自分の今の気持ちを吐き出していた。

彼女はたまに頷きながら、口出しすることなく私の話を聞いてくれていた。

「なるほどねぇ~」

そう一言言うと少し冷えたであろうコーヒーを一口飲む。

「恋愛ってね、ある意味勢いとタイミングだとおもうの」

「勢いとタイミング?…」

「そう、私なんて主人と出会って3ヶ月で結婚よ?」

「それは…電撃ですね…」

「そうね、よく言われるけど、その期間だけで私たちにとっては十分だったの」

「…」

「きっかけがどうであれ恋ってそういうものじゃない?自分ですらも抑えられないのが恋ってやつよ。総司はそのタイミングを逃さなかっただけの話。貴方も本当に嫌だったらとっととここから出てる筈なんじゃないかしら」

「は…はい…」

「体裁なんて気にしないで、総司という一人の人間を見てあげてくれないかしら?」

私の手をとって微笑んだ姿は弟をおもってかとても穏やかな微笑みだった。

「少なくとも私はそうやって悩んでいる貴方のこと不誠実だなんておもわないわ」

「あ…ありがとうございます」

「それで、実際どうなの?総司のこと?」

ニヤリと笑うお姉様はやはり最強だと確信した。


「沙紀っ」

総司さんが玄関のドアを開けるや否や私の名前を呼びながらリビングに慌てて入ってきた。

「あら、おかえりなさい、総司」

「メール見て驚いたよ、どういうつもりだんだよ一体」

「別に深い意味は何も?ただ沙紀ちゃんに会ってみたいなって」

総司さんは目元に手を当てて項垂れる。

「いくらなんでも早すぎるだろう…」

「あとは時間の問題なんでしょ?」

答えることなく私の隣に腰を降ろすと握られていた手を振りほどくと。

「…大丈夫か?」

失礼ねといいながら椿さんはコーヒーカップを片付けに台所に向かった。

「あ、はい全然大丈夫ですよ?色々お話してました」

「まぁいい。とりあえず着替えてきたらいい」

「そうします」




沙紀が部屋へ入るのを確認すると椿は総司の元へ向かった。

総司は苛立ちを隠すことなく椿の奇行を諌める。

「いきなりすぎるだろう。あいつもまだ気持ちの整理ができてない」

「さっさとしちゃいなさいよ」

「まだ時期じゃない」

ふうんと眉を上げて椿はコートを羽織った。

「時期…ねぇ。まぁいいわ。ところで総司、いいものあげるわ」

挑発するように差し出されたのはA4サイズの茶封筒。

「おい…これって…」

「わかってる筈でしょ、仕方ないのよ?」

総司は眉間に皺を寄せながら嫌々その茶封筒を受け取り椿を睨む。

「…こんなのは必要なかった」

「でもちゃんと確認して、案外根が深そうだから」

「どういう意味だ?」

「だからそれは確認してちょうだい。早い方がいいとおもったから来たの」

「それだけじゃないだろう…」

「勿論?一番は沙紀ちゃん目的よ?いい子じゃない。その辺の馬鹿女より全然いいわ。貴方が決めてくれるのであればそろそろ動きたいって斎兄さんも言ってるわよ」

「それも、もう少しだけまってくれ…」

「はいはい。一応伝えたからね?忘れないで頂戴よ」

「わかってる」

「ちゃんと彼女、大事にしなさいよね」

沙紀の部屋の扉が開き姉弟の密談はそこで終了する。


「今度会う時は椿さんって呼んでちょうだいね」

そういい残して嵐は去っていった。

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