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1,ある冬の負け犬

久しぶりの金曜日の逢瀬であったはずなのになんでこんな状況に置かれているのかと小一時間考えたいところだが、目の前の二人を目にすると哀しさよりも苛立ちが先にくるあたり、自分でも「あぁ…自分って冷めてるな」と自己分析してしまっていた。


自分を巻き込んでいるこの三文芝居。

一人は5年付き合っていた彼氏後藤文也。

もう一人はその横ですすり泣く私の親友[だとおもっていた]片桐渚。


ふぅとため息を付き私はめんどくさげに口を開いた。

「それで、妊娠したからには結婚するわけ?」


ハンカチで涙を拭きながら嗚咽交じりで渚が呟く。

「ごめっ…ごめんね、沙紀ちゃん、ごめんね」

「俺が悪かったんだ。沙紀になかなか会えなくて片桐に愚痴ってたらいつの間にか片桐と居る時間が増えてて…」

「わたっ…私も文也君と話しているうちに…慰めているうちに気持ちが抑えきれなくなっちゃって…」


あぁそうだろうともね、散々周囲から言われてたから。

渚は前々から文也に好意を持ってたって事は周知されている事だった。

そんな彼女が私の親友に納まっているのを周りが不思議におもっていた事も。

渚とは高校からの付き合いだった。いつも私の後ろについて来て自己主張も少なく、儚げな容姿は周囲の男共にはさぞ守ってあげたいという気分にさせただろう。

私は小柄ながらも少しきつめな猫目に少々男勝りな口調で彼女とはまさに対極であった。それはなんの縁か大学まで続き今に至る。

大学卒業後はお互い職場も違ったため連絡は少なくなっていたのだが。

それでも文也は一切彼女に振り向かずに私と付き合っていた。

5年の時間はそう短くないとおもう。私も彼を信じていた。

信じていたはずなのにこの結末か…。

短くない5年という歳月でお互い何かが変化してたということなのだろうか。


「わかったから。私はどうでもいいからとっとと結婚でもなんでもして」

「沙紀…それでいいのか…」


わずかに目を見開いた文也がそういうと眉間にしわを寄せた。

そういわれても私は他に何を言えばいいと?泣いて縋り付けば私に戻ってきてくれるとでもいうのか?既に孕ませてるくせに!

私だって言いた事は沢山あるが今更いっても仕方ない事だ。

言ったとしても惨めになるだけだ。


「それ以外に言いようが無いでしょうに。男なら責任くらい取りなさいよね?」


「俺はっ…!」

何かいいたそうな言葉をぶった切り私は尚も言葉を放つ。

「子供を産もうが降ろそうがそれはそっちの勝手、私には何ひとつ、小指の先ほども関係ないわ。浮気もそっちの勝手。私を巻き込まないで。会えなかった?寂しかった?そんなの私だって一緒よ!お互い社会人なら当然じゃない。私をダシにして浮気の原因にしないでっ」


心情穏やかでない私も少し声のトーンが大きくなり周囲の視線が一斉に集まる気がした。マズイ、ここはファミレスだ。なんて羞恥プレイなんだ…。

なんでそもそもファミレスなんかでこんな修羅場を繰り広げなきゃいけないんだ。

一口お冷を含んで咳払いをする。周囲の視線も僅かながら薄まる気がした。


「とにかく…私のことはいいから後は二人で勝手にして」

「沙紀っ…」

「そのために今日この話をしに二人で来たんでしょう?渚もそのつもりで来たわけでしょう?もうこんな茶番は勘弁して。しかもここファミレスだし」


お互いの沈黙。

はぁ…気まずい。とっととこんな場所からオサラバしよう。

「私の荷物あったら捨ててかまわないから。そっちの荷物は適当につめて送る。家の鍵は変えるからそれも捨てちゃって」

淡々と事後の処理をまるで業務内容ごとく言う。まさに「連絡事項」である。

「あともう二度と二人には会いたくないから」

「沙紀ちゃん!」

ガタンと椅子から立ち上がり涙を流しながら私を見つめる渚。

「何?当たり前でしょう?これからも仲良く親友ごっこなんでごめんだわ。それとも私ならなんでも許してくれるとでもおもったの?それこそ冗談キツイわ」

再び腰を下ろしむせび泣く渚にかまわずに、カバンからキーホルダーを取り出し文也の部屋の鍵を外し、鍵と1000円札を机に置く。

そして立ち上がり二人の顔を見納めるように、そして軽蔑の眼差しで見下ろす。

「さよなら」


二人とも無言のままその場に重石が乗ったように動く事が出来なかった。




花の金曜日、しかも久しぶりに残業も無かったのになんて日なんだ。

歩きながら心の中でチッと舌打ちした。

好きだった。文也を心から好きだった。

お互い会えない時もメールをして心の均衡を保っているとばかりおもっていた。

信じていたからグループでの飲み会も、渚と会う事も容認していた。

3ヶ月まえからだろうか、毎日していたメールが2日に1回になり週に1度になり。

文也の仕事が佳境に入り忙しそうにしていたので私も敢えて毎日の連絡を取らなかった。先月会った時もお互いあえなかった分を補うように熱い一夜を過ごしたはずなのに。

少なくともその前から二人は関係していたという事なのか。

「っ…」

悔しくて悔しくて目尻が赤くなってきた。

こんな事で泣きたくない。歯を食いしばり涙だけは流さないように歩いた。


コートに入っているスマフォから今の気持ちをあざ笑うような着信音が流れる。

くそ、これ今日変えよう。と思いながら着信先をみると会社であった。

何だろうと思いながら通話ボタンを押す。


「ご苦労様です一之瀬です」

電話の相手は上司の営業課長の小暮こぐれからであった。

『一之瀬か、…ん?なんか声変じゃないか?』

「なんでもないです。ちょっと寒いせいじゃないですかね」

『寒いって今外か?』

「はい渋谷ですね、今。歩いてます」

申し訳なさそうな声で上司が言葉を綴る。

『ちょうどいい、悪いが社に戻ってこれるか?』

「はい?…なにかありましたか?」

『相沢がヘマやってな。今残ってる面子で四苦八苦してる。オーダーミスだ』

「相沢ぁ…わかりました。すぐに戻ります。今何名で?」

『自分と3名だな。電話しまくって対応中だ』

時間は7時半。当然何も食べていないのだろう。

「了解しました。みなさんその調子じゃ何も食べてないですよね?軽食買ってから向かいますね」

『流石だ助かる。気をつけてきてくれ』

用件を済ますとすぐに通話は終わった。

ここから駅までおおよそ5分ほど、会社にはコンビにに寄って30分程で着くだろう。

その間に気分を何とか入れ替えよう。

仕事中オン、オフはきっちりしたい。

そんなことを考えながら駅へ向かった。


親友に彼氏を寝取られた負け犬こと一之瀬 沙紀26歳。

クリスマス控えたある冬の出来事だった。

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