第七十四話
「長官!! 電文です!!」
太平洋上を航行する第一航空艦隊の旗艦加賀の艦橋に通信兵が慌ただしく入室してきた。
「ん」
将和は通信兵から電文を受け取り通信兵を下がらせた。そして電文を一目した。
「……遂に来たか」
「長官、まさか……」
「あぁ。ニイタカヤマノボレ一二○八だ」
草鹿からの問いに将和はそう答えた。
「いよいよ……ですな」
「一時間後に各空母の飛行隊長を集めろ」
「了解しました」
それから一時間後、加賀の作戦室に各空母の飛行隊長が集まり真珠湾作戦の内容が伝えられた。
「開戦と同時に米太平洋艦隊と地上施設を叩き、少なくとも半年は身動きさせなくさせる。それが本作戦の目的だ」
「成る程」
「それとオアフ島北方約150キロの海域に伊号潜四隻が待機している。被弾して母艦に帰れなくなった機はそこに不時着水をしろ」
「待ってください!!」
将和の言葉に天城艦攻隊隊長の鈴木大尉が立ち上がった。
「不時着水するなら敵艦に体当たりします!!」
「そうです!!」
「不時着水など生き恥を晒すも同然!!」
「馬鹿野郎!!」
体当たりを主張する鈴木大尉らに将和が怒号を放った。あまりの怒り様に村田少佐らは唖然とした。
「初撃でいきなり体当たりするなど言語道断だ!! 生きて生きて生き抜いて国のため、家族のため生き抜くのだ!! 軽々しく死を言うなど俺は許さんぞ!!」
『………』
飛行隊長達は尊敬する将和の言葉に沈痛な表情をする。一番悲しむのは両親、妻、家族等なのだ。
「いいか、生きて帰れ。俺からの命令だ」
『はい!!』
将和の言葉に飛行隊長達は敬礼をするのであった。艦橋へ戻った将和は防空指揮所に上がり自分の艦隊を見る。
「………」
「皆が気になりますか?」
ふと参謀長の草鹿が将和の傍らにいた。
「なに、今のこの艦隊は精強だ」
将和は自信を持って答えた。今、航行している一航艦は以下の通りである。
第一航空艦隊
第一航空艦隊
第一航空戦隊
加賀 赤城 天城
第二航空戦隊
蒼龍 飛龍
第五航空戦隊
翔鶴 瑞鶴
第六航空戦隊
雲龍
第三戦隊 河内 因幡 岩代 薩摩
第七戦隊第二小隊 鈴谷 熊野
第八戦隊 利根 筑摩
第一護衛戦隊(対潜も兼任)五十鈴 名取
第一水雷戦隊 阿武隈
第四駆逐隊 嵐 萩風 野分 舞風
第一七駆逐隊 谷風 浦風 浜風 磯風
第十駆逐隊 秋雲 風雲 巻雲 夕雲
第三十一駆逐隊 長波 巻波 高波 清波
第六十一駆逐隊 秋月 照月 涼月 初月
本来なら空母蓬莱等、第六航空戦隊等もいるが彼女達は南方作戦支援とウェーク島攻略のため分散されていた。そのため真珠湾は空母八隻を投入しての作戦だった。
「ま、帰れと言われたら帰るがね」
将和は苦笑しながら草鹿に言うのであった。そしてアメリカはというと……。
「キンメル、本当にジャップとやるのか?」
ハワイオアフ島の太平洋艦隊司令部でハルゼー中将は太平洋艦隊司令長官ハズバンド・キンメル大将に問う。
「分からん、上次第だ。だが備えのために君の空母で航空機輸送をするのだ」
「そいつは分かっている。だが空母が三隻しかいない上に所属しているサラトガはサンディエゴで整備中だ」
「そこで本国に増援を要求した」
「おぉ、それで?」
「大西洋艦隊のコンステレーション、レンジャーの二隻だ」
「旧式じゃないか。せめてヨークタウンにホーネットを……」
「ヨークタウンは訓練中でホーネットは出来たばかりで飛行隊はまだない。あるだけでもマシな方さ」
「クソッタレ。それでその二隻が来るのは?」
「来年の1月だ」
「それまでは三隻か。仕方ない」
ハルゼーはそう言って席を立つ。出航する時刻が近づいていたからだ。
「万が一、ジャップを刺激した際は何処までやっていい?」
「常識で判断しろ」
「サー・イエッサー」
キンメルの言葉にハルゼーはニヤリと笑い、空母エンタープライズと共に真珠湾を出航するのであった。
12月7日、三好大将率いる第一航空艦隊はハワイ近海にまで接近していた。12月の波のうねりは第一航空艦隊の各艦を襲っている。
「果たして雷撃隊は出せるでしょうか?」
うねりの酷さに草鹿は将和に問う。
「何なら俺が発艦してみようか?」
「……長官がやっては意味が無いでしょう」
将和の言葉に草鹿は溜め息を吐いた。
「ははは、済まん済まん。だが村田ならやってくれるさ」
日本時間の12月8日午前1時30分、第一航空艦隊の各空母の飛行甲板には第一次攻撃隊が勢揃いしていた。加賀のマストにはz旗が靡いている。搭乗員達はz旗を見て身震いをする。
「長官」
「(……歴史を変えにいこうか)第一次攻撃隊発艦始めェ!!」
将和の命令は発光信号を通して各空母に伝わる。
「行くぞ!!」
旗艦加賀から最初に発艦するのは制空隊隊長の板谷茂少佐である。両翼には配備されたばかりの九九式前方発射航空ロケット弾四発を搭載している。板谷機は見送りにきた手隙の乗員達から見送られつつ加賀の飛行甲板から発艦していく。それに続いて二番機、三番機も発艦していく。
「海鷲達が往く……」
将和はポツリと呟くが幸いにも誰にも聞かれなかった。同時刻、空母蒼龍では艦爆隊の発艦が終わり艦攻隊の発艦が行われていた。
「……よし」
自分の番が来た将弘はフットブレーキを離し滑走を始める。九一式航空魚雷改三を搭載した将弘の九七式艦攻は蒼龍から発艦する。その直後、魚雷の重みで機体が沈み、海面ギリギリまで低空飛行をする。
「くっ」
将弘はゆっくりと操縦桿を引いて上昇する。無事に発艦出来て将弘は息を吐いた。
「はぁ、心臓に悪いなこれ」
将弘はそうボヤキつつも編隊に合流した。第一次攻撃隊は以下であった。
零戦54機
九九式前方発射航空ロケット弾四発搭載
九九式艦爆72機
250キロ爆弾一発
九九式前方発射航空ロケット弾四発搭載
九七式艦攻54機
九一式航空魚雷一発搭載
九七式艦攻50機
800キロ爆弾一発搭載
彼等は編隊を組みつつ真珠湾を目指すのであった。
「引き続き第二次攻撃隊の準備を急がせろ」
「はっ!!」
攻撃隊を見送った将和は草鹿にそう告げた。それから午前2時45分には第二次攻撃隊として零戦72機、九九式艦爆108機、九七式艦攻72機が発艦を開始するのである。ちなみになおこの攻撃に先立ち、陸軍はイギリスの植民地のマレー半島コタバルで奇襲上陸作戦を史実通り行っていた。
また当時ハワイには移動式のサーチレーダーステーションが6箇所設置されていた。本来ならレーダー類は日本が押さえていたが一部の日米開戦回避派がイギリスに劣悪品を密かに提供した事でレーダー類も米英に渡っていたのだ。その中でオアフ島北端のオパナに設置されてあったレーダーステーションでレーダーを操作していたのはジョーゼフ・ロッカードとジョージ・エリオットの2人の二等兵であった。
しかし、エリオットは新米でロッカードからレーダーの操作法を学んでいる途中であった。この時、レーダーのオシロスコープスキャナーに50機を超える飛行機の大編隊(第一次攻撃隊)とおぼしきものがキャッチされた。
「直ぐに報告しよう!!」
二人は急いで情報センターに電話をした。この日は日曜日で本職の管制官は休んでおり、レーダーのしくみを理解するための訓練として管制官役をしていた若手陸軍航空隊パイロット、カーミット・タイラー陸軍中尉が応対した。
『50機以上の大編隊を探知しました!!』
興奮気味に話すエリオットだがタイラーはこの日、フィリピンに配備される予定である12機のB-17がオアフ島に飛来する予定であることや、2隻の空母が航行中であることを知っており、その機影が友軍のものであると誤認したのである。
「あぁ、そいつは大丈夫だ。気にするな」
という曖昧な返事を返したタイラーだった。上官にこう言われた二人は問題ないと判断したのである。
7時35分に第一次攻撃隊はオアフ島北端カフク岬を雲の切れ目に発見し7時40分には「突撃準備隊形作れ」を意味する「トツレ」が発信された。
更に重巡筑摩の偵察機から「在泊艦は戦艦一〇、甲巡一、乙巡一〇」との報告が入り、それと前後してラハイナ泊地に向かった重巡利根の偵察機からは「敵艦隊はラハイナ泊地にはあらず」との報告が入った。
そして7時49分(同3時19分)、第一波空中攻撃隊は真珠湾上空に到達した。
「真珠湾やで!!」
双眼鏡で見ていた淵田は叫ぶ。
「アカン、空母がおらん。戦艦しかおらんで!!」
淵田は悔しそうに叫びつつも水木通信士に叫んだ。
「ト連送や!! そんで旗艦に発信!! 『トラ・トラ・トラ』や!!」
直ちに『トラ・トラ・トラ』――我、奇襲に成功せり――の電文が発信されたのである。
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