第七話
遅くなりすいません。
黄海海戦が発生してから三十分が経過していた。
「特務参謀!! この負傷者を頼む!!」
「は、はい!!」
三好は顔を青ざめながらも安保砲術長から負傷者を任された。安保砲術長は負傷者の血が制服に付着するのを気にせずに砲員達を鼓舞している。
「本艦の弾はよく当たっているぞ!! 落ち着いて狙え!!」
『はい!!』
砲員達は元気よく砲弾と装薬を装填して敵艦に砲撃を行う。三好はそれを尻目に左足が吹き飛んだ水兵を担いで医務室に向かう。吹き飛んだ左足は肉が剥がれて中の骨まで見えていた。
「申し訳……ありません参謀……」
「大丈夫だ。確りしろ」
三好は負傷した水兵と共に階段を降りて医務室の方向に進路を変えると安保砲術長と同じように制服が血まみれの衛生兵が走ってきた。
「自分が代わります特務参謀!!」
「分かった、任せる」
三好は負傷者を衛生兵に渡して自身は戦場に戻るため階段を昇る。
「……これが戦争……か」
三好の呟きは砲撃音に消されて誰にも聞こえなかった。そして三好はまた負傷者を担いで医務室に赴くのであった。
海戦は史実通りの展開だった。旅順艦隊は海戦に及ぼうとせず、終始ウラジオストク方面に逃げの姿勢に徹していた。日本艦隊は旅順艦隊との距離七千メートルで丁字戦法を実行すべく艦隊行動を行ったが、旅順艦隊に後方から逃げられて引き離されてしまった。1520から追撃を始めたが追いついて砲撃を再開できたのは1730になってからであった。そして1840、旅順艦隊旗艦ペレスヴェートの艦橋に三発の砲弾が直撃、ロシヤ旅順艦隊司令官ヴィリゲリム・ヴィゲフト少将は戦死した。
「旅順に戻る!!」
戦艦ポルターヴァに座乗していた次席指揮官のパーヴェル・ウフトムスキー少将は全艦に伝え、味方が退避するまで楯になろうとした。
一方の聯合艦隊は夜間の水雷攻撃を敢行、開戦前に鍛えた駆逐艦隊は東郷長官の期待に答えた。
「目標敵戦艦、撃ェ!!」
駆逐艦隊から放たれた魚雷は戦闘不能でほぼ浮いていた状態のペレスヴェートと楯になって艦上物が破壊されていたポルターヴァに次々と命中した。そして二隻は聯合艦隊に看取れられながら波間へと消えていったのであった。
「大丈夫かね特務参謀?」
「す、すみません安保砲術長」
三好は三笠の艦尾で盛大に吐いていた。昼間の戦闘で手足が吹き飛んだ水兵達の光景が目に焼き付いて食事もあまり喉が通らずに結局艦尾で吐いていた。
「特務参謀、無理にとは言わん。戦闘に馴れるしかあるまい」
「は、はい。次は大丈夫になるようにします」
「その意気だ特務参謀。どうだ、儂の部屋で飲もう」
「有り難いですが、酒でも飲んだらまた戻しそうですが……」
「ハッハッハ、大丈夫だよ特務参謀」
三好はそう言われ、安保砲術長と飲むのであった。
「……三好特務参謀の史実とは異なる勝利でごわすな」
海戦後、東郷は長官室でそう呟いた。
「(これで旅順艦隊はほぼ壊滅した……はずだが)どうも気になる。三好参謀の言葉が信じられないというわけではないが……」
東郷はそう呟くが明治の人間からしてそう思うのが自然だった。仮に日本に航空機が導入して旅順を上空から確認されていれば東郷の不安も無くなるはずである。しかし、この時東郷はまだ旅順艦隊が壊滅した自信を持てなかった。
だが実際に旅順艦隊は聯合艦隊の砲撃で各艦は損傷しており行動不能であった。極東方面のロシヤ海軍はほぼ壊滅状態だったのだ。そして舞台は旅順攻囲戦へと移るのであった。
八月十八日、総攻撃を前に第三軍は司令部を鳳凰山東南高地に進出させ同日深夜に第三軍各師団は目標とされる敵陣地の射程圏外まで接近して総攻撃に備えた。翌日の十九日、早朝から準備射撃が始まり、0600時に第三軍は旅順要塞に総攻撃を開始するのであった。
「進めェ!!」
『ウワアアァァァァーーーッ!!』
突撃ラッパが鳴り響く中、兵士達は雄叫びをあげながら突撃を開始した。そして第三軍は現実を知る事になる。
「……これ以上の攻撃には弾薬に必要です。今の弾薬保有量では最早……」
報告をする作戦参謀白井二郎歩兵少佐の言葉に乃木はゆっくりと立ち上がった。
「総攻撃は……中止とする」
二四日、第一回総攻撃は失敗となった。第三軍は戦死四七一三名、負傷者一一五二三名という大損害を蒙った。
弾薬が枯渇した第三軍は弾薬の追加補給を満州軍総司令部に報告した。報告を受けた児玉はやはりと予想通りの反応だった。
「(三好君の意見を聞くか)おい、海軍に電文を打て」
「海軍にですか?」
「そうだ」
そして連絡を受けた三好は東郷長官の許可を得て直ぐに満州軍総司令部に向かうのであった。
「三好特務参謀、参りました」
「おぉ三好君。遥々と済まなかったな」
「いえいえ、それとこれをどうぞ。他の参謀達と飲んで下さい」
三好は差し入れとして日本酒(一升瓶)五本と一箱十本入りのタバコ二十箱で一カートンを持ってきた。
「これは有り難い。ほら、皆も貰いなさい」
「三好特務参謀、頂きます」
参謀達は三好から煙草を貰い児玉から「御前会議」と言われ退出した。
「三好君、既に聞いていると思うが……」
「旅順第一回総攻撃の失敗ですね」
「うむ、塹壕戦でやるしかあるまい」
「地下壕を掘り進んで一つずつ堡塁を爆破していくのが被害を一つでも減らせる手段かと思います」
「うむ。それと……」
「史実通りに二八サンチ榴弾砲を第三軍に配備させるのが宜しいかと。史実では全部で十八門が投入されましたが、もう六門は追加するべきかと思います」
「全部で二四門か……次の総攻撃でやれるも思うかね?」
「そこのところは何とも言えません。天命を待つのみかと……」
「……そうか、二八サンチ榴弾砲のは何とかしよう」
児玉と三好の手回しにより、二八サンチ榴弾砲は史実より多めの二四門が第三軍に配備されるのであった。
「それともう二つ」
「何かね?」
「内地に確認してガトリング砲を満州に寄越して――に配備して下さい」
「旧式のガトリング砲をかね?」
「機関銃の代わりになります」
「分かった、手を打とう。それでもう一つは?」
「なるべく休養して下さい。児玉総参謀長が倒れては戦が出来ません」
「……済まんな。休養を取るようにしよう」
(後で参謀達にもきつく言っておくか)
三好の手回しにより児玉の睡眠は十分にとれ寿命が伸びたのは言うまでもなかった。
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