第六十九話
『日本がフィンランドに支援の手を差し伸べた』
その報告に世界に衝撃が駆け抜けた。
「……フン、支援か……」
国務長官コーデル・ハルからの報告にフランクリン・D・ルーズベルトは素っ気なかった。
「お気に召しませんか?」
「我が国の反日世論を親日に置き換えたいのは見え見えだな」
ルーズベルトはそう言って報告書をバサッと暖炉に入れる。入れられた報告書は火により燃やされていく。
「日本への世論は常に反日世論だ。これまで以上に搾り上げる必要がある」
「分かりました」
ハルはルーズベルトに頭を下げて部屋を退出する。
「……ジャップめ……」
一人になったルーズベルトはボソリと呟いたのである。
「ほぅ、日本がフィンランドにね……」
ダウニング街10番地の住人であるネヴィル・チェンバレンはそう言う。
(フィンランドに支援はヒトラーの牽制か、それとも日英同盟の復活を目論むものか……)
チェンバレンは紅茶を啜りながらそう思考を巡らせる。
「何れにしろ日本の動向を見守る必要はあるな」
チェンバレンはそう思いながらドイツへの対策を考えるのである。そしてそのドイツはというとちょび髭ことヒトラーは喜んでいた。
「ハッハッハ。ヤーパンは余程の御人好しかそれともソ連憎しのどちらかだな」
総統官邸でヒトラーは笑っていた。
「しかもノモンハンで散々にソ連戦車を破ったというチハを売却か。オーシマのホラ吹きかと思ったが……」
「マインフューラー。日本にはミヨシがいます」
ゲーリングの言葉にヒトラーやヒムラー達は苦笑する。
「またゲーリングの『ミヨシ』か。ヤーパンで言う耳にタコが出来るまで聞かされたぞ」
「ですが総統、ミヨシの交遊関係は陸海にまで及んでいます」
「うむ、半信半疑で調べさせたが政府関係者にまで及ぶとはな」
ゲーリングは日本の活躍に将和が関係していると前々から思っておりその調査をヒトラーに隠してまでさせていたのだ。
「ミヨシは日本のキーだな」
「……総統、まさかとは思いますが……」
「流石にそのような暴挙には出んよ(貴様が私の地位を脅かすかもしれんからな)」
史実のニュルンベルク裁判のように身体が細いゲーリングは国民からの人気が高かった。その人気はヒトラーの地位さえ脅かす存在でもあったのだ。
(頼むぞゲーリング……?)
ヒトラーはそう思うのであった。そして日本では……。
「ふむ、戦果は上々ですな」
将和らは集まって戦況報告書を見ていた。
「やはりチハの活躍が目立ちますな」
「ぬははははは。そうであろう、そうであろう」
宮様の言葉に東條や杉山達陸軍派は上機嫌である。
「とりあえず当分はフィンランドの支援でしょう」
「うむ。ところで海軍は先日の衝突は大丈夫かね?」
東條は心配そうに言う。それに対し宮様は迷惑をかけたような表情をする。
「五十鈴と名取の件ですな。三好君の史実には無かった事ですから多少は焦りましたがな」
十二月中旬、夜戦の演習をしていた軽巡五十鈴と名取は伝達ミスにより二隻が衝突したのだ。しかも実戦同様にと砲弾や魚雷を搭載していた事もあり誘爆が発生、沈没こそしなかったものの二隻は大破してしまうのである。
「まぁ二隻に関しては修理中ですがこの際に改装しようと思いましてな」
「ほぅ、改装をですか?」
「えぇ」
宮様達は大破した二隻を改装して新たに護衛巡洋艦という部類に移動させた。新しく開発した爆雷や九七式水中探信儀(史実の三式水中探信儀)を二隻に搭載して対潜作戦の向上を図ろうとしたのである。
後に二隻の運用を元に駆逐艦等の対潜能力は大きく向上し史実の四式水中聴音機も一式水中聴音機として早期に投入される事になる。
「成る程。海軍さんも中々考えるものですな」
「流石にまるゆは建造しないでくださいね」
「いやまぁ、まるゆを建造するならチハに資材を渡すよ」
将和の言葉に東條は苦笑するのであった。
「それと三好君、御子息が陸に入隊しましたな」
「本人の意思ですね。本人曰く「戦車に乗りたい」からみたいです」
将和の次男将治は陸軍にちゃっかり入隊していた。まぁ将和もそれを聞いた時は一瞬驚きはするも了承するのである。ちなみに長男将弘はフィンランド派遣軍の一員として赤松らと共にソ連戦闘機を撃墜している。
将和の血を引いているのは確実なのか、ノモンハンで16機の航空機を撃墜した将弘はフィンランドにおいても既に14機を撃墜しておりある意味覚醒をしていた。
「やはり血筋ですかな?」
「いやいや……」
杉山の言葉に将和は手を振るがその表情は嬉しそうである。
「兎も角、フィンランドの支援は出来る限りでしょう」
『うむ』
将和の言葉に皆は頷くのであった。そして1940年3月13日、フィンランドとソ連の冬戦争は終結した。両方とも領土権主張をせず、戦争前の領土で落ち着いたのである。
ソ連が領土権主張をしなかった事に将和らは首を傾げたがソ連でも軍の被害が甚大過ぎて領土権主張すれば日本が更に支援するかもしれないと警戒したためである。
ちなみに将弘は停戦までに戦闘機29機、爆撃機19機を撃墜。将和の息子が参戦している事を知ったスターリンは激怒して親子共々賞金首に掛けるという有り様であった。
「血筋ねぇ……」
「ははは……」
夕夏が新聞を見ながらポツリと呟くのに将和は乾いた笑い声しか出せなかったのである。
5月、陸軍が宜昌作戦を展開する中、将和は突然第二艦隊司令長官に就任した。
「第二艦隊司令長官にですか? 今は古賀中将がの任にあるはずですが……」
「それがな……」
宮様は溜め息を吐きながら将和に説明する。古賀中将が第二艦隊司令長官だったがつい先日、旗艦に移乗する際、何と足を踏み外して舷梯から転落して左足を骨折する大怪我を負ってしまったのだ。これにより執務が不能となり代役で将和に決定されたのだ。
「そのため君の大将昇進は一時見送りだ」
「……大将ですか? あんまり階級が上がるのは……」
「同期の長谷川とかは既に大将に昇進しているのだ。貴様が昇進しないと他が納得しないのだよ」
「はぁ……」
宮様の言葉に将和はあまり納得しない表情だったが命令は命令なので従う事にした。これにより5月中旬には第二艦隊に所属する重巡高雄に中将旗が掲げられた。将和が旗艦を高雄にしたからである。
「(はぁ……まぁやるしかないか)ま、よろしく頼むよ」
「了解しました」
将和の言葉に参謀長の高木武雄少将は将和に敬礼するのである。将和が第二艦隊司令長官に就任する中、外ではドイツがフランスに電撃侵攻を開始していた。
この時、ドイツはダンケルクの戦いで史実よりゲーリングが口を挟まなかった事もあり陸軍がダンケルクに突撃し結果として約23万の連合軍を捕虜にしたのである。
約23万の兵力を捕虜にされた事でチャーチルの禿げ具合は拡がりを見せるばかりにならず国内でのドイツとの和平を模索する動きが徐々に活発化する事になりチャーチルの胃を確実に攻撃させつつあったのである。
「……嘘やん……」
報道を知った将和も流石に唖然とする。まぁなってしまったものは仕方ない。将和も切り替える事にした。
(これでバトル・オブ・ブリテンにフラグが建ったなぁ……)
そして7月10日、ドイツ空軍はイギリス本土への爆撃を開始した。バトル・オブ・ブリテンの始まりである。
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