第六十八話
ノモンハン事件が終息してからの10月1日、将和は東條らと会合をしていた。
「ではRS-82を捕獲したと!?」
「如何にも」
「奇跡としか言えないがな……」
驚愕する将和に東條らはそう呟く。関東軍が夜襲を敢行した時、ある部隊がソ連軍の飛行場を占拠したのが始まりだった。
多くの航空機や兵器を捕獲した中にRS-82――無誘導ロケット弾があったのである。なお、RSの派生型には後にソ連が開発・使用した世界最初の自走式多連装ロケット砲『カチューシャ』に装着され地対地攻撃に使用されるのである。
「既に解析中だ」
「……これは風が向いてきたかもしれませんね」
「三好君?」
「是非とも開戦までに揃える必要があります」
将和はそう言うのであった。
「ところで兵器の譲渡の件はどうなっていますか?」
「倉庫等から漁りに漁ったものだよ。今頃は着いてる頃か」
「だが……日本から北欧は遠い。それでも彼等に……フィンランドに兵器を譲渡すると……?」
「はい、彼等には頑張ってもらう必要があります」
1939年11月30日、ソ連軍は二十三個師団(45万の将兵)、火砲1880門、戦車2385両、航空機670機を以てフィンランド国境全域にて攻撃を開始してフィンランド主要部を守る防衛陣地帯マンネルハイム線へなだれ込んだ。
対するフィンランド軍はマンネルヘイムを総司令官として自動車化された16万の兵力を保有していた。しかし、広い国土に分散しての配置であり兵力的には圧倒的に劣勢だった。そのため、フィンランド軍が取った戦術は遅滞戦術、焦土戦術、ゲリラ戦であった。
更にフィンランド軍には強い味方が存在していた。
「馬鹿な!? 何故この北欧の地にあの戦車が……あのチハがいるのだ!?」
ソ連軍戦車部隊を率いていたある少佐はそう言い残して乗車するBT-7ごと吹き飛ばされた。
「あぁ!? 中隊長がやられた!!」
「何でヤポンスキーの戦車が此処にいるんだ!!」
「落ち着け!! 包囲して各個撃破するんだ!!」
マンネルハイム線のタイパレ要塞線を突破しようとした赤軍第七軍の第49師団の目の前に16両の戦車が現れたのである。その戦車は長砲身の戦車砲を巧みに操り突破しようとするBT-7等のソ連戦車を次々と撃破して骸に変えていく。
「カクカク、よく狙えよ」
日本義勇軍の戦車隊は中隊長の命令を忠実に守り戦闘をする。48口径の75ミリ戦車砲がゆっくりと旋回して此方に向かってくるBT-7に照準を合わせて砲撃、BT-7は砲塔が吹き飛び兵器としての命を乗員と共に終えたのである。
「相変わらずチハは神様だな」
吹き飛ばされたBT-7を見ながら戦車兵はそう呟く。
「ヤポンスキーの戦車だと!? 馬鹿な、フィンランドとヤポンスキーの繋がりがあったというのか!!」
ソ連軍を指揮するクリメント・ヴォロシーロフ元帥は部下からの報告に驚愕する。また、ヘルシンキ空爆に向かった爆撃隊も日本軍から供与された九七式戦闘機等に阻まれて被害らしい被害を与える事は出来なかった。
「そうか……日本人は本当に我々を助ける気だな」
フィンランド南部の南サヴォ県にあるミッケリに司令部を置くカール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム陸軍元帥は戦線からの報告にニヤリと笑う。
(彼等もノモンハンで余力は無いと思っていたが……認識を改める必要があるな)
ソ連との交渉が怪しくなっていた11月上旬、マンネルヘイムは密かに日本の大使と会談をして兵器の譲渡に些か驚いていたのだ。
「譲渡してくれるのは大変有り難いです。しかし、遥々日本からでは時間が掛かりませんか?」
「いえ、既に日本を発っております。恐らく数日中に到着するかと思います」
(何と……)
大使の言葉にマンネルヘイムは内心驚愕していた。
(我々が断る算段をしていないというわけか……中々の策士か、それとも……)
マンネルヘイムは警戒しつつも大使に感謝の意を表した。
「……日本とは真の友と言えるかもしれないな」
「元帥……」
マンネルヘイムは自身を補佐するアクセル・アイロ中将とカール・ルドルフ・ワルデン大将にそう言うのであった。
この時、日本はフィンランドに対して供与した武器は三八式野砲50門、九四式37ミリ速射砲60門、九五式軽戦車36両、九七式中戦車12両、九六式艦戦48機、九七式戦闘機54機、九七式軽爆撃機36機等々だった。
だが九七式中戦車に関しては譲渡ではなく義勇軍という形になって派遣されていたのである。
「今はこの戦いを乗り切ろうではないか」
マンネルヘイムはお茶目にウインクをするのであった。その一方でクレムリンの主であるスターリンは機嫌が悪かった。
「ヤポンスキーめ、皇帝一家の事といいノモンハンの事といい今回のフィンランドの事で三度目か」
スターリンの言葉にモロトフやベリヤは場を凌ごうと発する言葉を考えるが言葉は出てこなかった。
「ヴォロシーロフに油断だけはするなと伝えろ。それとモロトフ、フィンランドとの窓口を閉じるな」
「同志スターリン、それはまさか……」
「今回のもハルヒン・ゴール同様に我々は相手を無意識のうちに軽視しているだろう」
モロトフの言葉にスターリンはそう言うだけだった。その後、冬戦争の展開はほぼ史実通りだった。違うとすれば日本から供与された九四式速射砲とチハによる活躍でソ連の被害は史実より上乗せされていた。
特にソ連戦車部隊は九四式速射砲の射撃で撃破されたり行動不能になる事態が多かった。ソ連戦車は速射砲での射撃に戦訓を得る事になり後にドイツ軍が多少苦労する事になるがそれはまだ先の話である。
「ふむ、ヤーパンがフィンランドに手を差し出すとは思わなかったな」
ベルリンのルフトヴァッフェ司令部でゲーリングはエルンスト・ウーデット中将からの報告にそう言う。
「ミヨシが何らかの事をしたと?」
「有り得るね。ウーデット、この九六式艦戦というのを知ってるかい?」
「固定脚の戦闘機だろ? 供与するとは思わなかったがな」
「……この戦闘機は今のヤーパンでは新型なんだ。しかもミヨシが開発にある程度関わっていてね」
「……どういう事だ? ヤーパンはわざわざ新型戦闘機を供与したと?」
「そう考えるしかないね」
「だが何故なんだ? 新型戦闘機なら絶対に技術は流出させないだろう?」
「流出させる前提ならどうする?」
「何……?」
「つまり、彼等も新たな新型戦闘機を開発しているから供与しても別段痛くはないって事だ」
ゲーリングはそう言って些かぬるくなったコーヒーに口を付ける。
「兵器開発は我々が想定しているよりも上だな……」
「ヤーパンにはミヨシがいるからね。仕方ない」
「……そのミヨシに手紙を何度も送ろうとしている奴が俺の目の前にいるらしいな」
「……な、何の事かな……」
「Halt'sMaul!!(うるさい)オーシマ大使が困っているぞ。何通も手紙を届けてほしいとお前が頼み込んでいるとな!!」
「いやぁ、早くマサカズと空戦をしたくてね……」
「それは俺も一緒だ!! そこに関してはミルヒと同意見だがな」
「よし、三人でヤーパンに行って空戦しよう」
「戦争中なんだから行けるか馬鹿野郎!!」
司令部で怒鳴り合う二人であった。
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