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第六十話






 1936年2月26日、その日は雪の降る東京だった。陸軍皇道派の影響を受けた近衛歩兵第三連隊、歩兵第一連隊、歩兵第三連隊、野戦重砲兵第七連隊らの一部将校が1483名の下士官兵を率いて総理官邸等を襲撃したのである。

しかし、雪の中を行進する反乱部隊を見ている者がいた。


「隊長、あれはまさか……」

「くそ、陸軍め。やりやがったな!! 直ちに海軍省に伝令!! 陸軍のクーデターだ!!」


 反乱部隊を見つけたのは将和私邸の護衛交代に向かう途中の陸戦隊一個中隊だった。二回の襲撃事件があったので海軍は横須賀鎮守府から陸戦隊を派遣し海軍省、軍令部、将和私邸に駐屯させていたのだ。(三個中隊)

 そして将和私邸の護衛交代へ一個中隊が向かう途中に行進する反乱部隊を発見、幸いにも吹雪いていた事、夜明け前だった事もあり反乱部隊が陸戦隊を発見する事はなかった。陸戦隊は伝令を走らせると駆け足で将和私邸へ向かった。


「(やっぱりか。念のために斎藤内大臣と高橋さんを料亭で飲み明かしてもらったが……)鈴木侍従長と渡辺総監に電話する。警戒態勢だ」

「了解!!」


 将和から電話を受けた鈴木侍従長は変装して九段下方面へ回り込むようにして逃走。渡辺総監も変装してから私邸を出て行方を眩ましたのである。

 海軍省では陸軍のクーデター騒ぎに大慌てだった。


「直ちに横鎮に連絡!! 陸戦隊を駆逐艦に移乗し芝浦に上陸させよ!!」

「警視庁より連絡!! 特別警備隊三個中隊が総理官邸に向かいました!!」

(……死ぬなよ、三好君……)


 部下からの報告を聞きながら宮様はそう思った。





「行くぞ!!」


 約300名の襲撃隊が総理官邸に現れたのは0510頃、しかし正門にはある部隊がいた。


「中尉!! 正門に警視庁の特別警備隊が展開しています!!」

「何!?」


 特別警備隊、それは内務省警視庁に設置された警察部隊であり集団警備力として1933年に設置されていた。

 その特別警備隊は正門前に三個中隊210名が陣取り、自動式拳銃や警杖、サーベル、更には陸軍から譲り受けた十一年式機関銃、三十年式歩兵銃を構えていた。


「おのれ、高々警備隊風情が陸軍に叶うわけない。機関銃小隊は援護しつつ全隊は突撃!!」

『ウワアァァァァァァァ!!』


 栗原中尉が突撃命令を出し、機関銃小隊が射撃を開始する。


「隊長!!」

「機関銃は射撃を開始!! 各個で応戦せよ!! 白兵戦用意だ!!」


 特別警備隊も機関銃が射撃を開始し自動式拳銃で応戦を開始する。しかし、拳銃では対抗しきれなかった。


「取り付けられます!!」

「掛かれェ!!」

『ウワアァァァァァァァ!!』


 特別警備隊も突撃を開始、正門前で白兵戦が展開されたのである。

 一方、総理官邸に襲撃する五分前の0505頃、高橋大蔵大臣私邸には中橋中尉らの部隊約100名、斎藤内大臣私邸には坂井中尉、高橋少尉らの部隊約150名、0510頃には鈴木貫太郎侍従長官邸に安藤大尉の部隊150名が襲撃した。しかし……。


「何!? いないだと!?」

「は、斎藤内大臣がおりません!!」

「ぬぅ、読まれたか!!」


 高橋大蔵大臣私邸を攻めた中橋中尉は部下からの報告に舌打ちをする。


「……やむを得まい。安藤大尉殿と合流して第二計画を発動だ!!」


 中橋隊は斎藤隊、安藤隊と合流して第二計画の私邸――三好将和の私邸へ向かったのである。一方の渡辺錠太郎教育総監私邸を0600頃に襲撃した安田少尉と高橋少尉の部隊約30名も空振りだった。


「くそ!! 勘づかれたか!! 直ちに安藤大尉殿と合流する」


 0630頃、将和の私邸正門前に駐屯していた海軍陸戦隊約二個中隊は合流して戦力を増強した安藤隊約400名と交戦していた。


「ちぃ、陸軍どもめ!! 何で海軍の三好中将のところなんだよ!!」

「裏で五・一五の馬鹿どもとつるんでいたんだろ!!」

「手を休めるな!! 重擲弾筒は撃ちまくれェ!!」


 中隊長は陸軍から供与してもらった八九式重擲弾筒を操作する兵士にそう告げる。そして将和はというと、私邸の部屋にて夕夏達を落ち着かせていた。


「お父さん……」

「大丈夫だ紫。ほら、レティも」


 震える紫とレティを将和は抱き締めて落ち着かせている。


「お婆様」

「これは私らの出番じゃないねぇ」


 美鈴の言葉に早苗は自分で入れたお茶を飲みながらそう呟く。そして安藤隊の放った6.5ミリ弾が部屋の窓ガラスを割る。


「ちぃ!!」


 将和は咄嗟に窓ガラスに目を向けていた美鈴の顔に手をやる。案の定、飛んできたガラスの破片が手に突き刺さる。


「三好さん!?」

「弾丸に比べたら平気だ。美鈴ちゃんは大丈夫かな?」

「は、はい……」

「そいつは良かった」


 将和はそう美鈴に笑みを向けながら夕夏に負傷した手を向けて夕夏がガラスの破片を抜き取る。


「取れたわ。はい、銃」


 夕夏は将和にM1910に差し出して受け取る。


「皆は避難だ。将治、シャーリー」

「はい!!」

「よっしゃ」


 二人を先頭に皆が部屋を出るが夕夏と美鈴が残る。


「おいこら」

「大丈夫よ、何のために機関銃の操作を学んだと思うの?」

「えぇ……」


 将和は少し悩んだが二人を連れて陸戦隊の加勢に行く事にした。


(くそ、特別警備隊を総理官邸に駐屯させたりしたのに……何で此処なんだよ)


 将和らは事件前に集まり、岡田総理とかは初めから避難しておく事で難を逃れる事にしていた。岡田、高橋、鈴木は横須賀鎮守府へ渡辺は三宅坂に25日の前日に密かにいたのである。


(此処に来るとしたら末次派の海軍かと思ったが……やっぱり裏でつるんでいそうだな。くそ、終わったら引っ越ししてやる……)


 将和の予測は当たっていた。五・一五で将和の暗殺に失敗した末次派は密かに村中らと接触をしたりしていたが実際に将和暗殺を具申したわけではない。ただ、第二計画の中に将和暗殺も含まれておりたまたま部隊が合流しやすかった麹町に将和の私邸があった次第である。


「たかが一個中隊の陸戦隊だ。一捻りで潰せ!! そして三好将和に天誅を加えるのだ!!」


 坂井中尉はそう叫ぶ。しかし、彼に運は味方しなかった。


「大尉殿、東の方向から海軍陸戦隊が来ます!!」

「何!?」


 来たのは密かに避難した岡田総理らを護衛する海軍陸戦隊二個中隊だった。海軍省を守備するために三個中隊を出動させたが三好私邸襲撃の一報を海軍省で聞いた宮様は直ちに海軍省に向かっていた三個中隊のうち二個中隊を差し向けたのである。


「三好中将を救え!! 突撃ィ!!」

『ウワアアアァァァァァァァァ!!』


 駆け付けた陸戦隊二個中隊は安藤隊の側面から突撃、瞬く間に激しい白兵戦を展開した。この白兵戦で安藤大尉、坂井中尉が撃たれて死亡。隊長を失った隊の下士官兵達は次々と降伏していくのである。


「ほら、止血はこうするのよ!! 軍医は銃弾の摘出を早く!!」


 私邸の庭はさながら野戦病院となり負傷者の救護に夕夏が活躍していた。美鈴も包帯を持ちながら患者の周りを走り回っている。


「俺達……何をしていたんだろうな……」

「あぁ……」


 頭に包帯を巻いた二人の陸軍兵士は負傷して横たわる兵士達を見つめながらそう呟くのであった。


「何!? 安藤大尉が戦死したと!!」

「はい、坂井中尉らも戦死したと……」

「野中大尉殿……」


 永田町、霞ヶ関、赤坂、三宅坂の一帯を占領した反乱部隊は安藤大尉らの戦死の報告を聞いていた。


「大尉殿、このままでは……」

「………」


 部下からの言葉に野中大尉は無言だったがやがてゆっくりと口を開く。


「終わったな、降伏しよう。部下を原隊に返そう」

「……はい……」

「うぅ……」

「泣くな。まだ法廷で戦うのだ」


 一部の将校は自決したが大半の将校は投降をしたのである。決起から二日という史実より早くに事件は終わりを告げたのである。

 死傷者は特別警備隊93名、海軍陸戦隊71名、反乱部隊186名である。


「大丈夫だったかね三好君?」

「えぇ何とか。とりあえずは引っ越しを検討します」

「いやそれは出来んだろう……」

「……お祓いをしておきます」


 そう言う将和だった。なお、主謀者達は史実と同じ判決となっている。また、反乱部隊の主張に沿った収束を図ろうとした真崎大将と三好中将の暗殺を間接的に促した末次元中将も禁固15年の有罪となるのであった。





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[気になる点] 高々警備隊風情が陸軍に叶うわけない。 敵う
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