第五十五話
1930年4月22日、ロンドンで開かれていたロンドン海軍軍縮会議は閉会した。日本の補助艦艇保有量は史実と同じく対英米6.975割であった。
原内閣は勿論海軍省内部でも賛成の動きだった。しかし軍令部は重巡保有量が対米6割に抑えられた事、潜水艦保有量が希望量に達しなかった事の二点を理由に条約拒否の方針を唱えたのである。しかも3月17日には「海軍は軍縮条約に不満がある」と海軍当局の声明が夕刊に掲載されたのだ。
声明を漏らしたのは軍令部次長の末次信正だった。末次はあれこれと条約批准を回避するために工作をした。時には陛下にまで軍縮条約に反対する旨を述べてしまうがこれを陛下は元より宮様や東郷達の逆鱗に触れてしまうがまだ表面化はしなかった。
更に末次は当時野党だった立憲民政党へ内密に接触して統帥権を帝国議会衆議院本会議で取り上げたのである。
しかし立憲民政党総裁の濱口雄幸は統帥権の取り上げに反対だった。濱口や若槻禮次郎らは条約批准に賛成の立場であり党内でも本会議に取り上げはしないと決定していたが末次の工作を受けた党員が彼等に反して取り上げたのである。
まさかの出来事に濱口は直ぐ様取り上げた党員を除名させたが時既に遅しの状態である。しかも5月20日には条約に反対する草刈少佐の自決もあり青年将校や国家主義者の勢いは増していき鉾先は会議に参加していた将和に向けられた。
「三好少将は条約に参加しておきながら条約の締結をむざむざと見ていたのか!!」
「何が撃墜王だ!!」
「三好は売国奴だ!!」
青年将校や国家主義者達は連日に渡り将和を非難する。更には新聞社までもが面白おかしく記事を書いて将和を付きまとうようになる。
「流石にこの事態はいかん」
焦った東郷は直ぐ様軍縮条約に賛成を表明、宮様も賛成の表明をすると共に統帥権を持ち出した立憲民政党を非難した。海軍部内で神聖視されていた東郷と皇族出身の宮様の賛成に海軍部内は大きく揺れた。だが二人の条約賛成により10月2日、ロンドン海軍軍縮条約は批准されたのである。そして末次は同日付で予備役に編入され海軍を追われたのである。ちなみに財部も海軍大臣を辞職したが予備役になる事はなかった。
しかし青年将校や国家主義者達には二人の賛成が将和を守ろうとしたように見えたのである。
「三好少将は東郷元帥と伏見宮殿下に命乞いをしたに違いない」
「そうだ!! あんな撃墜王は我々には不要である」
「末次閣下は正しい事をしてきたのだ」
「末次閣下を追いやったのは三好に違いない」
「いっその事……」
そしてそれは後の事件に繋がるのである。
「三好少将、君の身辺に護衛をつけよう」
いつもの会合で宮様はそう告げた。東郷は元より陸軍の東條は畑らも頷いていた。
「ですが……」
「今、君が暗殺でもされたら日本は終わりだ。史実と同じ道を歩む事になる」
「左様」
「……分かりました」
東郷らの説得で将和も護衛の件は了承した。数日後、陸海軍は「世界的有名である三好少将に暗殺予告の紙が寄せられた」として警備隊を自宅とその近辺に配備させた。しかしこれを不満を抱く青年将校達を刺激させたのである。
「やはり三好少将はやらねばならん!!」
「しかし、武装した一個小隊が護衛についているのだぞ」
「うむ……数を増やさねばならぬ。今はまだ動かぬ時だ」
彼等は時を待ったのである。そして翌年の1931年5月14日、横浜港に三人の外国人が日本の地を踏んだ。
「フッフッフ。来たわよ日本!!」
「はいはい、はしゃがないの」
「此処が日本かぁ」
浅間丸から降り立ったのはシャーリー、セシル、シェリルの三人だった。
「今回もインタビュー?」
「勿論。そのために日本語を勉強したんだからね」
将和と分かれた後、シャーリー達はアメリカに帰国していた。その後、シャーリーは日本語の習得をしていたのだ。理由は日本に行った時に困らないため、今度は日本語でインタビューしたいからだった。そのためシャーリーは日本語の習得に熱心だった。そのおかげかシャーリーは日本語を普通に(それでも違和感はある)喋れるところまで上達するのである。ちなみにセシルとシェリルはそこまで勉強していなかったが片言は喋れた。
「よーし、住所はこの紙に書かれているからさっさと行くよ」
「はいはい」
「日本の料理って美味しいのかなぁ」
三人はそう言いながら紙に書かれた将和の住所へ向かうのであるが……。
「三好少将にインタビュー?」
「は、はい……」
住所に到着した途端、武装した一個小隊の陸戦隊員から質問をされていた。なお、シェリルは他の隊員と遊んでいた。
「三好少将と知り合いで?」
「は、はい。去年のロンドン軍縮会議でインタビューをさせてもらいまして、三好少将からまた良ければインタビューを受けると……」
「ふむ、確認しますのでお待ちください」
(い、一体何が起きているの……)
物々しい厳重ぶりにシャーリーは内心、冷や汗をかいていた。そして連絡がいったのか隊員の表情は笑顔になった。
「連絡がつきました。確かにインタビューは受ける予定だったと言っています。ですが今日、三好少将が帰宅するのは1900時頃になりますが……」
「あら、それなら家に上がらせるわ」
「あ、宮原さん」
そこへ玄関から現れたのはメイド服を着た夕夏である。今の夕夏は住み込みで働くメイドの身分だった。
(……ん?)
夕夏にシャーリーは少し首を捻った。
(何処かで見たような……)
「宜しいので?」
「えぇ、奥方も構わないとの事です」
「分かりました」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
そして三人は自宅に入れたのである。
「シャーリーさん、奥方にもインタビューしますか?」
「……宜しいのですか?」
「えぇ、奥方もインタビューは初めてらしいですけどね」
「―――!?」
シャーリーの言葉に夕夏は頬笑む。その微笑みは夕夏にしてみれば作り笑いだったかもしれない。しかし、その微笑みはシャーリーに何かを思い出させた。
「アアアァァァァァァァァァァ!!」
部屋中に響く叫び声にセシルは身体が硬直しシェリルは思わず転けた。対して夕夏は(´・ω・`)?の表情をしていた。
「ど、どうしたの?」
「あ、貴女……風原夕夏でしょ!!」
「……何の事かしら?」
「嘘言わないで!! 今の笑顔で完全に思い出したわ。私の父が持っていた写真に貴女と三好少将が写った物があるわ!!」
シャーリーはそう言って鞄から一枚の写真を取り出した。真ん中にはシャーリーの父であるラッセル、その左右に将和と夕夏が写っていた。
「……世の中に似た人は複数いると言うわよ?」
「この写真に比べたらちょっと皺があるけど間違いなく―――」
その時、シャーリーは目の前に薙刀の刃が添えられていた。いつの間にか壁に立て掛けていた薙刀を夕夏が取ってシャーリーに刃を向けていた。
「皺が……何かしら?」
(ま、マズイ……)
夕夏の満面な微笑みにシャーリーは完全に不利を悟った。だが此処でシャーリーに運命の女神は味方した。
「そこまでにして夕夏」
「………」
現れたのはタチアナだった。タチアナの言葉に夕夏は薙刀を壁に立て掛けた。
「シャーリーさん」
「は、はい」
「貴女の今の立場は日本に対して非常に危険な立場です。……残念ですが貴女方三人は此処で拘束致します」
タチアナの言葉に部屋の温度が一気に下がったのであった。
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