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第五十四話





 1930年1月21日、イギリス首相であるラムゼイ・マクドナルドの提唱によりイギリスのロンドンにて列強海軍の補助艦艇保有量の制限を主な目的とした国際会議が開かれた。ロンドン海軍軍縮会議である。

 1922年に締結したワシントン海軍軍縮条約は主に戦艦と空母の制限であり巡洋艦以下の補助艦艇の建造数に関しては無制限だった。主力艦艇を制限したのに補助艦艇を増やされては厄介である。特に米英は日本を注視していた。この結果として日米英は条約内で可能な限り高性能な条約型巡洋艦の建造に踏み切る。

 日本では古鷹型、青葉型、妙高型等が条約型巡洋艦である。実は1927年にジュネーブ海軍軍縮会議にて補助艦艇の制限について討議されていたが英米の主張が対立した事により決裂に終わっていた経緯があった。その後の予備交渉で英米に進展があったので開催する運びとなったのだ。

 日本は代表団の首席全権に原総理、副首席に斎藤博外務省情報局長、海軍担当顧問として軍事参議官の岡田啓介大将、三好将和少将が参加していた。


『万が一があるのでワシントン同様に軍縮内容は筆談で』


 将和が記入した紙を見た原達は無言で頷いた。なお、米英は日本に宛がわれた部屋に盗聴器を仕掛けており軍縮以外しか話さない日本側に相当な苦労をした。


「軍縮の内容を全く話さないぞ」

「クソッタレ。盗聴器を仕掛けられていると踏んでいやがるな」

「これでは交渉が上手くいかない恐れがあるな……」


 盗聴していた者達はそう呟く。そして初日の会議にて原は発言をする。


「日本は対英米七割を希望する」


 日本代表団の盗聴に失敗していた英米は日本の主張に内心、安堵と舌打ちをしていた。


(七割か。もう少し削れるか……?)

(くそ、予め分かっていたら対策は取れるのに……)


 マクドナルド首相とスティムソン国務長官はその思いを口に出さずに交渉を続けた。そして将和はというと発言をする事はなかった。一応代表団入りをしている将和だが特に際立って発言する事は無いので大人しくしていた。

 そして初日の会議が終わると将和はシャーリーのインタビューを受けるために代表団のホテルに戻ろうとしていた。その時に声をかけられた。


「ヘイ、リアアドミラルミヨシ」

「ん?」


 声をかけてきたのはイギリス海軍の軍人だった。その軍人を見た瞬間、あっと将和は思い出した。


「トーマス!! トーマスじゃないか、久しぶりたな」

「また会えて嬉しいよミヨシ」


 声をかけてきたのはかつて将和が渡英した際に案内役をしてくれたトーマス・フィリップスだった。


「ミヨシが来ると聞いて飛んできたんだよ」

「それは嬉しいな」

「今夜、飲めるかい?」

「あー、飲みたいけど今日は先約があってな……」

「そうか。まぁミヨシなら上と会合とかあるからな」

「ははは……(済まんトーマス、実はインタビューなんだよ)」

「なら明日は?」

「いける」

「OK、It's a deal.(それでいこう)では明日な」

「分かった」


 二人は約束を交わして別れるのであった。会議場のホテルを出て代表団の宿泊ホテルに戻ろうとした時、外でシャーリーが待っていたのだ。


「……ホテルにいるはずじゃなかったのか?」

「インタビュー出来ると思うと嬉しくなって思わず此処まで来ちゃいました」

「あの子達は?」

「宿泊先のホテルにいますよ」


 そう言うシャーリーだが長時間待っていたのだろう、しかもその日は雨で彼女は傘を差しながら将和を待っていたのだ。それを見た将和は無言でコートを脱いでシャーリーに着せた。


「着なさい。寒いだろう」

「でも……」

「俺は鍛えてるからな。それにホテルに戻るまでだ」

「……ありがとうございます」


 流石にずっとそのままなのは将和も寒い。シャーリーは顔を赤くしながら将和に礼を言うのであった。


「えぇと、それじゃ傘差しますね」


 シャーリーとまさかの相合い傘だが雨も降っているし気付かない者もいるだろうと踏んだ将和である。(変装はしていた)

 そして二人は雨が降りしきる中、宿泊先のホテルに戻る。


「そういえば君はラッセルの身内かい?」

「ラッセル・ウィルソンは私の父です」

「そうか。あいつめ、子がいるなんて俺には言わなかったからなぁ……ラッセルは元気かい?」

「……父は大戦が終わった後のスペイン風邪で……」

「……そうか、逝ったか……」


 シャーリーの言葉に将和はラッセルと出会った時を思い出す。


「あいつと初めて会った時はな、俺と夕夏が部屋で話してると窓から顔を出してきたんだよ」

「ぶっ……父らしいです」


 将和の言葉にシャーリーは笑う。確かにラッセルならやりかねないのだ。ラッセルの話を交えて二人はホテルに到着するまで思い出話をする。

 そしてホテルに戻ると一室を借りてシャーリーとのインタビューに応じる。


「さて、何処から話そうか」

「ユトランド沖海戦の話をお願いします」


 シャーリーはインタビューの記事をイギリスの新聞社に売り付ける予定だったのでイギリスが熱狂しやすいユトランド沖海戦の話を選んだのである。


「OK。それではあの時は……」


 将和が話すユトランド沖海戦(日本側)にシャーリーは興奮しつつもペンを止める事はなかった。気付けば予定していた時間をオーバーしてインタビューが終わったのは2000時過ぎだった。


「ディナーくらいは奢るよ」

「そんな……」

「なに、俺の話にペンを止めず熱心に聞いてくれたからね」

「……ありがとうございます」


 将和の言葉にシャーリーは顔を赤くしつつも将和に頭を下げた。その後、四人は遅めのディナーを楽しむのである。


「ほぅ、となるとシャーリーが二人を養っているのか」

「はい。毎日が楽しいです」

「そうかそうか。何か困った事があればいつでも俺に言ってくれ」

「ありがとうございます」

「美味しいねセシルお姉ちゃん」

「そうねシェリル」


 そして夕食が自分らのホテルに戻ろうとするシャーリーを将和が呼び止めた。


「これを持っていたまえ」

「これは……」


 将和がシャーリーに一枚の紙を渡した。紙には将和の住所と連絡先が書かれていた。


「何かあったら言いなさい。インタビューでもいいよ」

「でも……」

「ラッセルには世話になったからな。一つでも恩を返しておきたい」

「……分かりました。でもインタビューしかしません」

「それでもいいよ」


 将和はそう言ってシャーリー達に手を振って宿泊先のホテルに向かう。


「あの!!」


 不意に叫んだシャーリーに将和は足を止める。


「貴方が帰国したらまたインタビューしたいです!! いいですか!!」

「……勿論だよ」


 シャーリーの問いに将和は笑顔で答えたのであった。そして次の日、将和は会議が終わった後にフィリップスと飲んでいた。


「……なぁミヨシ」

「ん?」

「平和は続くと思うか?」

「……分からんなぁ……」


 未来を知っている将和だがそこは何も言わなかった。


「……もしだ、もし起きた時、日英はどうなると思う?」

「……今のままだったら……分かれるだろうな」


 フィリップスの問いに将和はそう答えた。


「……ハッキリと言おう。俺はミヨシと戦いたくないな。やれば負ける」

「らしくないなフィリップス」

「今のままなら我が大英帝国は日本に勝てんよ……」

「おい、飲み過ぎだぞフィリップス」

「先の大戦の英雄がいる日本に……グ~…」


 限界を越えたのか、フィリップスはそのまま高いびきをして寝始めた。


「……はぁ……」


 寝始めたフィリップスを他所に将和は溜め息を吐いた。


(このままだと戦争のフラグはあるなぁ。とりあえず支那事変の回避はしないとな……)


 そう思いながら将和はウイスキーを飲む。胃の中が熱くなるのを他所に将和はもう一度を息を吐いた。


(……マレー沖で死ぬなよフィリップス……)







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