番外編
ほんとは二、三話先の話ですが早くに出来たので番外編として出します
1929年十一月、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市にある小さなボロいアパートに彼女はいた。
「悲劇の火曜日から中々立ち直りそうにないわねぇ」
茶で腰の辺りまで長い髪の彼女は朝食のトースト二枚にハムエッグを皿に入れて机に乗せてコーヒーを啜る。
「父さんみたいにフリージャーナリストになったけど、仕事が失業者のインタビューしか無いんじゃあなぁ……でもインタビューも大事だし」
彼女は朝食を食べつつ服に着替える。
「街でも歩いてネタを探すか」
彼女はそう言ってボロいアパートを後にする。そして夕方、彼女は帰宅する。
「街は至るところに失業者ばかりねぇ。まぁインタビューは新聞社に売り付けたけど」
夕食の用意をしていた彼女だが玄関の扉を叩く音がする。
「ウィルソンさん、郵便だよ」
「サンキュー」
郵便屋にそう言って扉を閉める。
「……イギリスから?」
手紙の住所を見て彼女――シャーリー・ウィルソンは目を見開いた。だが差出人を見て納得した。
「あぁ、イギリスの本家からの手紙か」
シャーリーはスペイン風邪で両親を亡くし、祖父母に育てられていた経緯がある。祖父の兄がイギリスにおり、祖父の兄が家を継いでいるのでシャーリーは分家の子だった。
「……そうかダニエルさんが亡くなってもう五年が経つのね」
手紙には本家の近況と本家を継いでいたダニエル・ウィルソンが亡くなって遺品整理をしているので良かったら遊びに来ないか?とを記していた。
「うーん、ダニエルさんの墓参りもしないとね。おカネは父さんが稼いだのがまだまだあるしね」
こうしてシャーリーはイギリスへ向かう事に決めたのである。ちなみに今年で17歳のシャーリーである。これはシャーリーを育てた祖父母の方針で何れ祖父母らも早期に死ぬので今のうちに出来る限りの自立をさせるためでもあった。特に祖父母によってフロリダ半島からニューヨークまで列車を伝って帰ってきた事はシャーリーの思い出に残る記憶だった。それはさておき、シャーリーは客船にてイギリスへ向かうのであった。
「此処ね」
ロンドンの南東51キロに位置するメードストンのとある通りの家の前にシャーリーはいた。メードストンはイギリスのケントの州庁所在地でもある。
扉を叩くと現れたのは女の子だった。
「久しぶりだねシェリル。覚えてる?」
「シャーリー……お姉ちゃん?」
「正解♪」
「ママー、シャーリーお姉ちゃん来たよー」
10歳になるシェリル・ウィルソンはとてとてと奥にいる母親のシェリー・ウィルソンを呼ぶ。程なくしてシェリー・ウィルソンが玄関前に現れた。
「まぁシャーリー。わざわざアメリカから来てくれたのね」
「お久しぶりですシェリーさん」
シェリーからのハグを受けつつ中に入るシャーリー。
「葬儀はもう終わったのよ。やっぱり手紙だから到着するのが遅いしね」
「それは仕方ないです。墓参りには行きます」
「ありがとう。今は少しずつあの人の遺品を整理していたのよ」
「じゃあ私も手伝いますよ」
「ありがとうね」
紅茶を飲みつつ到着した早々ではあるがシャーリーも遺品整理を手伝うのである。
「シェリーさん、ダニエルさんのクローゼットは確認しました?」
「クローゼットはまだね。お願い出来る?」
「Ofcourse」
シャーリーはダニエルのクローゼットを開いて中身を調べていく。
「……ん、手紙……?」
『この手紙を読んでる誰かへ』
タイトルはこう書かれておりそれはダニエルの遺書だった。シャーリーが文面を読んでいく。
「これは……シェリーさん!?」
文面には自分は最初、フランス人女性と付き合っていたけどフランス人女性は親の都合でフランスに帰国することになり別れる。しかし、実は女性はダニエルとの子を身籠っていたのである。女性はダニエルに手紙を送りコンタクトをとった。しかし、ダニエルは女性と別れた後に親の勧めた女性と結婚し子が出来てしまっていたのだ。
ダニエルは女性に謝った上で、給料の一部をフランスにコッソリ送金していた。しかし、自身が病で倒れ送金が出来なくなってしまう。そして、最後に息絶え絶えで書いたのであろう文字で『どうか、この手紙を読む誰かよ、申し訳ないが四人の事を頼まれてくれないだろうか…どうか…』と書いてあった。
それまでの自分の罪と懺悔、そして女性やシェリー、女性の子、シェリルに対しての謝罪が込められていた手紙だった。
「……貴方……」
遺書を読んだシェリーは静かに涙を流す。
「ママどうしたのお姉ちゃん?」
「大丈夫だよ、あっちで紅茶を飲もうね」
心配するシェリルにシャーリーはそう言って部屋から出るのであった。そして泣き終わったのか、ダニエルの部屋から出てきたシェリーはシャーリーに頭を下げる。
「シャーリー、ごめんなさい。こんな事になって……」
「いえ、それとシェリーさん。私、フランスに行こうと思います。この人にダニエルさんの事を伝えたいと思います」
「……えぇ。この人にあの人の事を伝えてほしいの」
「はい、任せてください」
シャーリーはフランス行きを決断し、残された手紙の住所からシャル母の元を向かうのであった。
「此処ね」
シャーリーはフランス北西部にある都市のカーンに来ていた。手紙の住所によれば此処にカーン市内にあるアパートに女性がいるはずであった。シャーリーが手紙の住所に到着すると目の前にあったのは古いアパートだった。
「うちよりは綺麗そうね」
シャーリーはそんな事を思いながら番号を確認して玄関の扉を叩いた。
「誰ですか?」
出てきたのはショートヘアの少女である。
「私はアメリカのシャーリー・ウィルソン。此処はクレール・マフタンの家で良いよね?」
「……クレール・マフタンは私の母です」
「マフタンさんは今いてますか?」
「………」
少女はチラリと奥に視線を向けるが直ぐにシャーリーに視線を向けた。
「母は今、病に陥っています」
「え……?」
「医師の見立てでは以て数日と……」
「……そうですか」
「それで母に用とは……?」
「実は……」
シャーリーは少女にこれまでの経緯を簡単に説明をした。
「……お父さんはいたんですね……」
少女はポツリと呟いた。
「こんなのって……あんまりだよ……」
「………」
少女の言葉にシャーリーは何も言えなかった。
「……セシル、誰か来ているの?」
その時、奥から声がした。
「母です」
「なら……」
シャーリーの言葉に少女――セシルは頷いて寝室に二人で入る。寝室にはベッドに寝る女性がいた。時おり咳き込んでいた。
「貴女は……?」
「シャーリー・ウィルソンと言います。実は……」
ベッドに横たわるクレールにシャーリーはダニエルの事を説明する。
「……あの人の手紙を見せてください」
「……これです」
クレールに手紙を渡すシャーリー。受け取ったクレールは暫く手紙を読んでいたが嬉しそうに笑った。
「何故……笑うのですか?」
「嬉しいのです。彼が最期の最期まで私とセシルの事を思っていたこと……その事実に私は良かったと思えたんです」
「………」
シャリーはよく分からなかった為、沈黙してしまう。そんなシャーリーにクレールは「貴方もいずれわかりますよ」と言う。
そして少しの間があったが、クレールは決心したかのようにシャーリーに視線を移した。
「シャーリーさん。ほぼ初対面の貴女にお願いがあります……見た通り私は長くない……だから、セシルの事を頼んでもいいでしょうか?」
「……私に……ですか?」
「Oui」
シャーリーの言葉にクレールは頷いた。シャーリーはいわゆるお人好しの部類である。今回の事だってシェリーから頼まれなくてもフランスに行くつもりだった。元からそのつもりで来たのだ。シャーリーは笑顔で二つ返事で返した。シャーリーの笑顔にクレールは満足そうにまた笑った。
「セシル、こんなお母さんでごめんなさいね」
「うぅん。私はお母さんの子で良かったと思うよ」
クレールの言葉にセシルは首を横に振ってそう告げた。数日後、彼女はこの世を去った。
「……大丈夫セシル?」
「……うん。もう大丈夫」
埋葬されるまでずっと泣いていたセシル。顔はまだ涙目だったが今は泣いていない。
「それと……本当に私がセシルを引き取って良かった?」
「おじいちゃんやおばあちゃんはスペイン風邪、お母さんの兄弟は戦争で死んだから事実上、私は一人ぼっちだもの。孤児院に行くよりシャーリーといた方が楽しいでしょ?」
「……ありがとうセシル」
そう言ってセシルの頭を撫でるシャーリーだった。その後、フランスを出国した二人はイギリスへ向かい、シェリーに事情を説明した。
「そう……シャーリー、セシル。いつでも此処に来なさい。私達は待っているわ」
「うん。ありがとうシェリーさん」
「バイバイシャーリーお姉ちゃん、セシルお姉ちゃん」
シェリーとシェリルに別れを告げた二人はアメリカに戻り新しい生活を始めるのであった。
「ほら、シャーリー!! 早く起きないとインタビューの遅刻するよ!!」
「眠たい~。三好将和のインタビューならしたいよ」
「それはもうすぐでしょ。ほら、食べないならトーストは私が食べるわよ」
「食べます!!」
セシルに起こされたシャーリーはボサボサの長髪を掻きながらトーストを食べる。
「イギリス行きのチケットは取ったの?」
「勿論。念願の三好将和のインタビューが出来るまでシェリーさん家に厄介になるわ。勿論セシルもね」
「それなら良いわ。いつの間にか助手にしてるんですもの」
セシルはそう言ってコーヒーを啜る。
「それにしても三好将和三好将和ってよく言うわねシャーリー? そんなにインタビューしたいの?」
「そりゃあもう。何せ、私のお父さんが独占インタビューをし続けたのよ。なら娘の私がやらいでか!!」
「……なにそのヤライデカって?」
「日本の言葉。後、てやんでぇとかある」
シャーリーに隠れてこっそりと溜め息を吐くセシルである。そして彼女達はイギリスへ向かうのであった。しかし、待ち受けていたのは悲しい事だったのはまだ先の話である。
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