第五十一話
「………」
東京の将和の自宅にてタチアナは長女レティをあやしながらボケッとしていた。
「将和が心配になるのかしら?」
そこへ紅茶とジャムを持ってきた夕夏がタチアナに言う。
「ユーカは心配にならないのか?」
「あの人が帰ってくると言ったら必ず帰ってくるわ。だから私は将和が帰ってくるまで家を守るの」
「……ユーカには敵わないな」
タチアナはジャムを口に入れて紅茶を飲む。
「貴女も直ぐに分かるわ。さて、レティのオムツ交換ね」
泣き出したレティに二人がオムツを交換するのであった。
「オムツの交換は難しいわね……」
「直ぐに馴れるわよ」
その頃の将和は上海沖に停泊する空母鳳翔の艦橋にいた。
(はぁ……早く家に帰りたいなぁ。上陸してチャイナドレス買って二人と……ヌヘヘヘ)
内心、何を考えているか分かるようである。
(でもこの時代、チャイナドレスあったかな? まぁ上陸した時に服屋に突撃して聞いたら分かるだろ……)
そんな事を思いつつ作業をする将和である。日米英連合軍は上海に上陸後、南京を目指し南京を包囲していた。揚子江からは第二四駆逐隊を筆頭に砲艦や小型艦艇等が南京を監視し時折艦砲射撃をしていた。南京にいた蒋介石は完全に孤立無援であった。蒋介石は武漢国民政府に救援を依頼して武漢国民政府は一個師団を派遣した。
しかし、南京を前に日本軍と交戦して敗退していた。外からの救援は不可能と判断した蒋介石は和平に傾いた。日米英連合軍も無闇に損害を出すのは避けたかったので和平交渉に取り掛かるのであった。
蒋介石が和平に傾いた事で関東軍と交戦していた張学良の奉天軍も交戦を停止したのである。
和平交渉は上海にて行われ、国民革命軍は賠償金は取られずに新たに青島に日米英の租界を作る事で一先ずの合意をしたのである。
「邦人保護及び内陸部租界から退去のため、漢口に陸戦隊と歩兵一個大隊を派遣する」
南京事件が全面的になったので漢口事件はまだ発生してはいなかったが念のためとして原は軍を漢口の租界に派遣したのである。蒋介石も漢口租界から退去するならと軍の派遣を容認して六月頃には漢口からは日本人が全て退去したのであった。
なお、遣支艦隊から帰還した将和は夕夏とタチアナにお土産を渡すのであった。
「上海の服屋でチャイナドレス買ってきたんだけど着ない?」
「………」
「ほらね?」
ウキウキしながら二人にチャイナドレスを渡す将和を見ながらタチアナは溜め息を吐いたのであった。なお、夜戦は行われた模様である。
数日後、将和らはとある小さな料亭に集まっていた。
「南京事件までは予想出来た。しかし柳条湖と張作霖の爆殺は予想を遥かに上回る事態だ」
原の言葉に将和らは頷く。
「まさかとは思うが……関東軍の一部が誘発したわけではあるまいな?」
原の言葉に板垣征四郎中佐は即座に反論する。
「関東軍が誘発なんぞしません。そもそも石原達も今、ここにいているわけですし……」
板垣の言葉に東條らが頷いた。東條達も今は亡き山縣らか接触を受けて将和らに協力をしていた。特に東條は「私はヴェルダンで置いていかれた。是非とも協力して靖国の庭で神尾大将に胸を張って会いたい」と言うほどであった。
「では誰が……」
山本権兵衛の言葉に将和はゆっくりと口を開いた。
「……まさかとは思いますが……」
「三好君には心当たりがあると?」
「まだ確定したわけではありませんが……中国共産党では無いのでしょうか……?」
『中国共産党だと!?』
将和の言葉に部屋は俄にざわつき始めるがそれを原は手で制して場を治める。
「……まさかとは思うが中国共産党の裏には……」
「……恐らく中国共産党は実行犯に過ぎず、本命は赤い熊でしょう」
将和は冷や汗をかきながらそう告げた。
「……そうか。張作霖は死に、奉天軍はバラバラになりつつあるか……」
「ダー。同志スターリン」
モスクワのクレムリンにある執務室にて連邦共産党書記長のヨシフ・スターリンは報告を受けていた。
「よろしい。下がっていい」
「ダー」
部下が執務室から退出すると一人残るスターリン。
(張作霖を爆殺すれば日本が動くと思っていたが……中々の相手のようだな)
柳条湖事件と張作霖爆殺はスターリンがコミンテルンを通じて中国共産党に指示した事であった。
(恐らく日本は満州に深入りするはず。侵攻する機会はいつでもある。シベリアを取ってから侵攻しても良い。豚を食うなら肥えた豚が良い……)
クックックとにやけるスターリン。
「……暫くは面白くなりそうだな」
そう呟くスターリンだった。なお、この南京事件にて史実のような中国人が日本人を見下す事まではいかなかったものの、後味が残る結果となる。漢口事件は発生しなかったが張作霖を爆殺された張学良は日本の仕業と決めつけて奉天軍は易幟した事で蒋介石は張学良の降伏を受け入れた。
これにより国民革命軍はほぼ無傷な奉天軍を迎えいれ戦力の増強が図られたのである。そして中国は形式的には国民政府により統一されたのであった。
そして今回の事件は日本には痛い出費だった。満鉄は吹き飛ばされて、南京で居留民がやられて、漢口租界は放棄して青島へ……四個師団は元より陸海軍も急な出兵だったのだ。しかし、軍としては戦車隊、空母の経験値は増えたので内心は喜んでいたりする。
「……少しばかり早い展開ですな……」
何度目かの会合で東條はそう呟く。
「……『史実』が終わり、『歴史』が始まる……か」
不意に将和がポツリと呟く。
「それはどういう意味で?」
「……まぁ二つの事件が早期に起こった事で対中の歴史は史実から離脱し新たな歴史を歩み始めた感じだな」
「『歴史改変』してきたが『歴史創生』になった……というわけか」
「はい」
山本権兵衛の言葉に将和は頷いた。
「まだ分かりませんが、場合によっては……」
「よっては?」
「大東亜戦争の時期も早まるかもしれません」
「むぅ……」
将和の言葉に東條らが唸る。
「……これは新型戦車の開発も急がねばならんな」
「うむ」
「ちなみに陸さんはどのような戦車を開発するつもりで?」
将和は何となく聞いた。
「まずは軽戦車でやろうと思う。三好大佐で言うM3軽戦車だな」
「だが砲は47ミリだろう?」
「まぁな」
「成る程」
「その後に本命のチハ車だ。時代を先取りして史実のチリのような形になるがな。砲は八八式野戦高射砲を元に50口径を試作中だな」
「……自分が言うのもなんですが大丈夫ですかね?」
「試作を繰り返すし何とかやりたいのが本音だな。それにそろそろ騎兵用の装甲車も出来上がるだろう」
そう語る東條であった。
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