第四十七話
十月二十日、漸く関東は落ち着きを取り戻していた。
「……火災、人的、建物被害はほぼ三好大佐の史実通りか……」
総理である原は被害報告書を読みそう呟いた。ほぼ史実通りの被害を出した関東大震災であるが死者・行方不明者数は史実より異なっていた。
史実の死者・行方不明者数は十万五千余であった。しかし防災訓練等をしていた事と当日の九月一日は訓練日だった事もあり死者・行方不明者数は四万六千余だった。火災による被害は史実でも九割ほどだったが軍もいち早く出動していた事もあり死者・行方不明者は大幅に減っていた。だが陸軍も殉職者を200名ほど出していた。
避難誘導中で、救助中の倒壊に巻き込まれ等々だった。それでも国民の目には「軍隊が我々のために死力を尽くしている」見えた。
また、地震の混乱で発生した事件は史実通りのもあった。亀戸、福田村等の事件があったが甘粕事件は無かった。
そもそも甘粕大尉は憲兵隊にはいなかった。甘粕大尉は膝を怪我した時に上官だった東條英機と相談して東條と戦車の運用を議論していた牟田口の計らいで戦車科(新たに創設)に移っていたのだ。これにより甘粕大尉は当事者となる事はなく、被害者の大杉栄ら三人はある意味での命拾いしている。
そして将和と夕夏は夕夏の両親の遺骨を持ちながら宛がわれた新しい新居に移動していた。
「此処が新居ね……」
区は同じ麹町区であるが新居は新築だった。元々は所有者もおり、九月三日に此処へ引っ越しする予定だったが震災後、地震から逃れるように地方へ引っ越しをしたので新築は一転して空き家になった。これをたまたま長谷川が見つけて将和に言うと将和は所有者と交渉して半額で家を購入したのである。
「まぁ心機一転で頑張ろう夕夏」
「そうね。けど、タチアナの事も忘れないでね?」
「ア,ハイ」
震災後、改めて夕夏とタチアナの二人は話し合い、三人で生きていく事を決意した。将和も当初は悩んだが二人の熱意に押されて頷いたのである。
「俺も男だ。責任は取る」
そしてその足で将和は東郷の家を訪れて事情を話したのである。
「ふむ……三好大佐、原君と共に相談するでごわすので一緒に来てほしい」
「はっ」
そして将和は原らと共にとある料亭で相談をするのである。
『………』
皆、口を閉口していた。ただの三角関係なら笑って濁す程度だが事が事であった。そんな中、不意に東郷が口を開いた。
「三好大佐、夕夏君に消えてもらうのはどうでごわすか?」
「……消えてもらう……?」
「公式にはという事でごわす」
続けての言葉に将和はピンと来た。
「死んだふりをするわけですね」
「夕夏君には辛い選択だがのぅ。だが一番いい案はそれしか無か」
「分かりました。妻と相談します」
「それで次は御主でごわす」
「自分……ですか?」
「御主には爵位が必要でごわす」
「しゃ、爵位ですか!?」
東郷の言葉に将和は思わず声を荒らげるが、原達は頷いていた。
「確かにそれは必要だな」
「し、しかし自分に爵位などは……」
「三好君、ただの平民と皇帝の血筋を引く者と結婚出来ると思うかい?」
「……あっ……」
原の指摘に将和は納得した。
「それに君は世界が認める撃墜王だ。爵位を受け取るのには十分匹敵する」
「はぁ、分かりました」
「まぁ爵位は男爵だろう」
とりあえずの方針は決まり、一旦解散したが後に東郷と原が二人で集まった。
「原さんには迷惑をかけるのぅ」
「いやいや」
原は苦笑しつつ御猪口に注がれた酒をクイッと飲む。
「けど東郷さん。貴方の狙いはそれだけでは無いでしょう?」
「はっはっは、総理には参りますな。実は三好大佐の男爵は単なる通過点に過ぎないでごわす」
「ほぅ……それも東郷さんの計画とやらですかな?」
「無論。実はのぅ……」
「な、何と……」
ヒソヒソと話す東郷に原は驚愕の表情を浮かべた。
「やり過ぎではありませんか?」
「やり過ぎでは無か。日本を守るんじゃ、このくらいしにゃなりもはん」
「……大変ですな三好大佐も」
「あやつに押し付けるのは申し訳無かとは思っておる。いずれあの世で文句でも聞くでごわす」
「なら私も御相伴しましょうかね」
『はっはっは』
二人は大いに笑うのであった。そして将和は夕夏に案を話し、夕夏も了承した。
「……良いのか夕夏?」
「三人で幸せになれる案はそれくらいしか無いのでしょ? 私は構わないわよ。親戚も今回の震災で皆亡くなったし此の世の公式から一人居なくなろうが大丈夫よ」
「夕夏……」
「もう、そんな顔しないでよ貴方。私は貴方の傍にいるだけで幸せなのよ」
泣きそうな表情をする将和に夕夏は抱き締めて頭を撫でる。夕夏の行為に将和は堰を切ったように声を出さないように泣き出す。
そんな将和に夕夏は泣き止むまで頭を撫でるのであった。
「……済まん」
「良いわよ。夫婦だもの」
夕夏に抱きついて泣いた事に謝る将和に夕夏は微笑む。
「それで私はいつ頃死ねば良いのかしら?」
「構想としては震災での救護で肺炎に掛かって病死とはあるな」
「それが妥当かもね」
そして十月二十日、三好夕夏は肺炎にて死去した死亡届が受理され公式になった。将和の部下である小沢らは将和を心配するが将和は「気にするな」と気丈に答えた。なお内心は……。
(小沢らに黙っておくのはキツいなぁ……)
そう思った将和である。そして日本は震災の復興を急がせていた。外国からの救援は史実+シベリアとユダヤ自治からのも義援金が送られていた。政府は救援を差し伸べた国に一つずつ感謝の意を評した。
原内閣は復興計画としては後藤新平の帝都復興計画を元に進められるが資金不足等で結局は七億円強の予算となった。
計画としては火災の延焼を防ぐために防災用の緑地・公園を始め区画整理、下水道整備、アパートの建築等が進められるのであった。
将和は権蔵の町工場の再建をどうするか従業員達と相談して閉鎖する事にして政府からの見舞金で従業員に半年分の給金を渡して辞めてもらうのであった。また、夕夏と相談して町工場の土地を売却して従業員に足りない給金を渡すのである。
なお、売却した土地は後に公園として整備され桜の木が植えられ、花壇には向日葵が植えられるのであった。
そして年が明けた1924年一月二六日、皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)のご成婚で日本中が沸き立つ中、将和と夕夏、それに子ども達はウラジオストクに降り立っていた。
「此処がウラジオストクね。ほら、外国よ将弘、将治」
夕夏はそう言いながら二人の息子の手を引いて用意された車に乗り込んで走り出す。目指す場所は皇帝一家が住む仮皇宮である。
「……久しぶりだねミヨシ大佐」
「お久しぶりです皇帝陛下」
将和はニコライ二世と二人きりでの面会をしていた。護衛もいない二人きりである。
「……話はアカシや娘からはある程度は聞いている」
「……はい」
「君は我がシベリアに貢献してきてくれたのは確かだ。しかし、それを私人としてはそれは別だ」
「………」
「君は……幸せに出来るかね?」
「……月並み程度の言葉しかありませんが二人を幸せにします」
「二人ではない!!」
将和の言葉にニコライ二世が吼える。
「……君もだ」
「………」
「君も幸せになりなさい。君も幸せになる権利はある」
「……はい」
ニコライ二世の言葉に将和は深く頷くのであった。
「言っておくが娘を不幸にしたらシベリアで作業をしてもらう」
「……胆に命じます」
将和は背中に冷や汗をかきながらニコライ二世に頭を下げるのであった。その後、将和とニコライ二世はウォッカで飲み合うのである。
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