第四十三話
1922年五月から始まった航空戦は後にハバロフスク航空戦と言われる。ソ連軍航空隊はヴォロチャエフカ付近に航空基地を構えて連日に渡りハバロフスクへ出撃していた。
対する日本義勇軍・シベリア航空隊は必死の防空戦を展開していた。
〈敵機、二時下方〉
将和の前方を飛行していた山口多聞機がバンクして山口が将和に二時下方に指差す。二時下方には百機程の編隊が飛行している。
〈太陽を背に突撃せよ〉
将和らの迎撃編隊は太陽を背にしてから急降下で突撃を開始する。急降下していく途中で此方に漸く気付いたのかソ連軍の攻撃隊が散開しようとする。
「遅い」
将和は二連射してフォッカーD.V2の左主翼を根元から撃ち破りフォッカーD.V2は落ちていく。将和はそれを確認するも直ぐにたまたま将和の正面に出てしまったアルバトロスD.3に狙いを定めて二連射してこれも撃ち落とす。
迎撃隊はそのまま降下していきソ連戦闘機も迎撃隊に追い縋ろうとする。しかし、将和が指揮する迎撃隊は全て丙式一型戦闘機で急降下性能は他の機体より頑丈である。たちまちに迎撃隊と引き離されてしまう。急降下を諦めたソ連戦闘機だがそこへ別の迎撃隊が強襲する。
「無理な深追いはするな!!」
塚原少佐が指揮する甲式三型戦闘機が襲い掛かりソ連戦闘機隊はバラけてしまう。そこに再び上昇してきた将和らの丙式一型戦闘機が集まり激しい乱戦を展開する。
日本義勇軍航空隊は常に二機一個分隊で行動して僚機の助け合いをしていた。対してソ連軍戦闘機は乱戦で一機での行動を余儀なくされ抵抗するも落とされていく。
反撃して落とすソ連軍戦闘機もいたが編隊も崩されてバラバラでは多勢に無勢であった。結局、彼等は引き上げていく。それを確認した迎撃隊も順次着陸するのである。
「1723か……今日の攻撃は無さそうだな」
「そうですねぇ」
着陸した将和は小沢らと戦闘詳報を作成していた。
「山口が二機だったな」
「はい。二機とも大西が確認しています。隊長は何機ですか?」
「朝のと合わせると五機だな。吉良と桑原が確認している」
「分かりました」
航空戦は大体が一日二回行われていた。史実の東部戦線の如く、いやラバウル航空戦の如く行われていた。
(パイロットが足りないがそろそろ二直交代勤務にしないと落とされるな)
戦闘詳報を記入しながら将和はそう思う。迎撃任務のため二直交代はしなかった将和だがパイロット達の疲労も出ていたので二直交代勤務を取り入れる事にしたのだ。これによりパイロット達の疲労も取り除ける事には幾分かは成功する。
「さて、作成も終わったし出しに行くか」
「あ、自分が出しに行きます隊長。隊長はゆっくりしてください」
身体を伸ばしていた将和に小沢はそう言う。
「そうか。ついでだ、これで皆と飲んでくれ」
将和は支給された日本酒の一升瓶を小沢に渡す。
「ありがとうございます」
小沢は日本酒を貰ってキラキラと顔を明るくして退出するのであった。
「……しかし、航空戦はあるのに地上での攻勢が無いのは不気味だよなぁ」
そう思う将和だった。一方のウラジオストクにある仮皇宮にてタチアナ皇女は妹のマリア皇女らと話をしていた。
「どうしよう……」
「いきなり斬りかかられるよりはマシではないですか御姉様?」
顔を青ざめているタチアナ皇女を余所にマリア皇女は日本から仕入れた緑茶を飲む。
「別に手紙には殺すなんて事は書かれてませんよ。気を楽にして日取りを決めた方が宜しいですわ」
マリア皇女はそう言う。将和が渡した夕夏の手紙には綺麗なロシア語の綴りで書かれていた。
『一度貴女と話がしたい。日付は貴女の日程が合えば場所は自宅』
極々単純明快ではあるが皇女を呼びつける行為は大胆不敵だったに違いない。
「覚悟を決めてください御姉様。ミヨシ大佐に惚れてるんでしょう?」
「……そうよ、マサカズが好きよ。悪いかしら?」
マリア皇女の言葉にタチアナ皇女は顔を赤らめながらそう言い返した。気になったのは初めて会った北海道の時かもしれない。本格的に意識し始めたのはあの空襲の時かもしれない。タチアナ皇女はそうハッキリと告げたのである。
「別に悪くありませんわ。ミヨシ大佐が好きなら堂々と奥方に告げれば宜しいですわね」
「……貴女は味方なの? それとも面白がっているだけかしら?」
「半々ですわね」
タチアナ皇女の言葉にそう返すマリア皇女である。
「ま、手紙で連絡して日取りを決めになさるのが良いですわね」
「それもそうね。でも……」
「でも?」
「マサカズが日本に戻っても次、またシベリアに来るかしら?」
「……そこはボリシェヴィキに言ってくださいな」
そう返すしかないマリア皇女だった。タチアナ皇女はとりあえずは返事の手紙を将和に出すのであった。
「何なんだこの被害は……」
七月、ペテログラードからモスクワに首都を移転していたソ連。旧ロシア帝国の宮殿であるクレムリンにソ連共産党の中枢が置かれるこの中で軍事人民委員であるレフ・トロツキーはイルクーツクに司令部を置いている極東ソビエト軍からの損害報告に思わず唸ってしまった。更にトロツキーの手元にある各国の新聞には将和が撃墜数を250機を越した事を報道していた。
「戦闘機126機、爆撃機31機喪失……五月から始めた航空戦で僅か二ヶ月でこれだけ喪失するとは……」
レーニンは九月まで将和を討ち取るか捕虜に出来なければ停戦すると言っていた。
(……これは予想を上回る被害だ。ミヨシマサカズ……我がソビエトにそれほどまで立ち塞がるか……)
なお、将和にしてみたら「いやあんたらの後々の奴が侵攻するからその予防」とか言いそうではある。
(ミヨシを暗殺……いやそれでは逆に日本が本格的に参戦してしまう。そうなったら同盟をしていたイギリスまでも嫌がらせをしてくる……)
トロツキーは悩みに悩んだが結局は九月まで待つ事にした。レーニンの身体を考えたのである。
レーニンは暗殺未遂の後遺症、戦争と革命の激務等で健康を害していき、今は休養中であった。
(同志レーニンは停戦するとまで言っているのだ。同志レーニンの意見を尊重しよう)
そう判断するトロツキーだった。それでも訓練が終了したパイロット達は順次シベリア方面に送られていったのである。だがパイロットが送られてもそれを扱う機体も少なくなっていた。それでもソ連軍戦闘機隊は今日も飛んでいくのであった。
だがそれは日本義勇軍・シベリア航空隊も同じであった。
〈一中隊突撃する。他は援護せよ〉
機銃弾を装填した将和は急降下を開始してソ連軍戦闘機隊と空戦を展開するのである。
両軍の死闘は続いていた。
「隊長、喪失は七機です」
「誰がやられた?」
「先日、新たに赴任した宮本中尉の中隊が多いです。宮本中尉も未帰還です」
「……新任が戦死するのが早くなってきたな」
「ベテランとヒヨコの差が激しいです。中堅クラスが入ればいいのですがね……」
塚原と溜め息を吐くのであった。そして八月下旬、将和は遂に300機撃墜を遂げるのであった。
「隊長、おめでとうございます!!」
『おめでとうございます!!』
「ありがとう皆」
食堂で塚原らからの祝福に将和は頭を下げる。
「ま、今日はゆっくり飲んで鋭気を養ってくれ」
『はっ!!』
高橋司令の言葉に皆が頷くが将和が一歩前に出る。
「飲む前に一つ……自分が此処まで来れたのは皆のおかげでもあるしこれまで空に散っていった多くのパイロット達のおかげでもある。散っていった彼等のために黙祷をしてくれ」
『………』
将和の言葉に皆は目を瞑り黙祷をする。
「では乾杯しよう、散っていった彼等が悔しがるような宴会をしよう。乾杯」
『乾杯!!』
宴会はどんちゃん騒ぎであった。
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