第四十二話
「三好大佐はイギリスでごわすな」
「三好大佐も大変ですな」
海軍省にある艦政本部の一室で東郷と艦政本部長の岡田啓介中将、それに軍事参議官である伏見宮博恭王の三人で話をしていた。岡田と宮様はまだ将和と面識は無いが、東郷と加藤の手引きにより将和の正体を知る人物となっている。
「しかし三好大佐をイギリスに向かわせたのは何故ですか?」
「今年に竣工予定の空母鳳翔の事だ」
「我が国、初の航空母艦ですな」
「それの着艦装置が有効かどうかを調べてもらいたいのだ」
「確か鳳翔のはイギリスの縦索式制動装置ですな」
「三好大佐の情報によれば縦索式のはあまり有効ではないらしい。横索式のが後に採用されるとの事だ」
「……成る程。航空機を操縦する三好大佐が横槍を入れれば縦索式のは無くなり横索式になるわけですな」
宮様は納得した表情で頷いた。
「そういう事でごわす。加藤の手配でフランスにも人員を派遣して横索式の技術を導入する」
「分かりました。そのようにしておきましょう」
「では暫くは縦索式ですな」
「それと岡田君、実は君に頼みがあるでごわす」
そんな会話を裏腹に将和はイギリスにて空母アーガスで発着艦訓練をしていた。
「如何ですかミヨシ大佐?」
「いやぁ、空母からの着艦は難しいです」
(失速ギリギリまで速度を落としながら艦尾に入った瞬間に失速して一発で成功してましたよね……)
将和の言葉にフィリップス少佐はそう思った。将和は着艦前に他のパイロットに着艦の仕方等を教わっていたり着艦する機を何回も見ていた。見よう見真似であるが将和はソッピースパップが失速するギリギリまで速度を落として飛行甲板より一メートル上に進入、機体が艦尾に入った瞬間に失速して機体を飛行甲板に叩きつけて着艦したのであった。
(ミヨシ大佐がこうだと日本人も出来そうだな。これは用心しておかなくては……)
そう思うフィリップス少佐であった。なお、将和は他にもイギリスからの依頼で講演会をしていた。
「あんまり人に話せる代物じゃないぞ俺……」
将和はそう呟きつつも自分がしてきた空戦の戦い方等を聞きに来たパイロット達に話したりする。ちなみに将和の滞在日等で三回しか行われなかったが5000人近くのパイロットや艦艇乗員等が集まったのである。何せ撃墜王は元よりパーフェクトゲームとまで言われた日本海海戦、ww1での艦隊決戦であるユトランド沖海戦に参加しているのだ。
「一番思い出にある空戦は?」
「やはりレッドバロンことマンフレート・フォン・リヒトホーフェンです。彼とは二度しか空戦の機会が有りましたが貴官が思われる思い出にはこの人ですね」
「レッドバロンと対峙した時はどのような気分でしたか?」
「正直、自分の人生は終わったなと思いました。何せ、その当時からレッドバロンの事は耳に入ってましたからね。最初は逃げに徹してましたが彼は中々逃がしてくれないので一か八かの賭けで戦ったわけです」
「ミヨシ大佐はレッドバロンが撃墜された場面を目撃したので?」
「えぇ。あの日もレッドバロンがいたので今度は正面から立ち向かおうとしました。しかし、彼は簡単に空から消えたのです」
『………』
将和の言葉に講堂内にいた全員が息を飲む。
「別に自分はレッドバロンを落としたパイロットが横取りしたとか思っていません。ですが如何にリヒトホーフェンだろうと運が悪ければ死ぬ時はあります。自分はビート畑に落ちていくリヒトホーフェンの戦闘機を見てそう思いました」
「ではミヨシ大佐は運があったので今も生きていると?」
「かもしれませんねぇ。飛行機は事故の確率が起きやすいですからね」
「もしレッドバロンが生きていて戦後に会えたらどうしますか?」
「一緒に酒を飲んで語りたいですね。何を語るかはその時次第ですが。後は一緒に空を飛びたいです」
「ミヨシ大佐とレッドバロンの腕はどちらが上ですか?」
「断然にリヒトホーフェンです。自分なぞまだまだ未熟ですよ。もし、彼が生きて戦争を終えていたら撃墜数は彼が上ですね」
「ミヨシ大佐の空戦の極意とは?」
「常に後方の確認ですね」
将和は予定の時間を越えながらも質問には出来るだけ答えたのであった。イギリスにいた日数は僅か一週間だったが日本へ帰る前日、将和は案内役のフィリップス少佐と共にロンドンのある通りに来ていた。
「此処がベイカー街か……」
ベイカー街はウエスト・エンドの中心を南北に走る街路でハイド・パークの東北隅から北に向かってリージェンツ・パークの西南端に至る。将和はどうしてもここを訪れたかった。
(アニメや小説でしか見なかったベイカー街か……良いねぇ)
なお、アニメは大体毎週殺人事件に巻き込まれる小学一年生ではなく擬人化した犬の方である。
「ミヨシ大佐もホームズがお好きだとは知りませんでした」
「いやなに、そこまで詳しくはないけどね」
そんな事を話す二人であった。最後に二人でベイカー街と一緒に写真を撮り友人の証として持つ事になる。なお、後に二人が会う事になるのはロンドン軍縮の事であった。
1922年四月下旬に将和は日本に帰国するが将和はその足でそのまま加藤に報告をする。
「以上の事からベアルンが就役するまでは縦索式で行うしかありません」
「うむ、御苦労だった。三日間の休みをやるからゆっくり休んでくれ」
「はい」
将和は久しぶりに自宅に戻り夕夏達家族の温もりを感じるのであった。
「ところで貴方、あの手紙は皇女に渡せたかしら?」
「ん? いやまだ会う機会無いから渡せてないけど……」
「そう……」
「もしかして時間制限みたいなのか?」
「いやまだなら良いのよ」
将和の言葉にそうはぐらかせながら耳掻きをする夕夏だった。そして将和は再び航空隊を率いてシベリアに向かったのである。
本来なら六月頃に派遣予定だったがシベリアからの情報で派遣が前倒しになったのだ。
『ソ連軍航空隊が大量に派遣されている。凡そ400機余り』
日本・シベリアはソ連の全面攻勢が始まると判断して義勇軍航空隊の派遣を前倒したのだ。義勇軍航空隊の戦闘機は丙式一型戦闘機(スパッドS.13)57機、甲式三型戦闘機60機を揃えた。シベリア航空隊はスパッドS.13が12機だけで全体的には129機を揃えたが対するソ連軍は380機の戦闘機を配備していたのだ。
「徹底的に二機一個分隊で生き残れ。さもないと死ぬぞ」
ソ連軍戦闘機の数を聞いた将和は改めて塚原らにそう訓示した。
「流石はソ連か……ほんとに畑から兵士でも採ってそうだな」
そう呟く将和である。指揮所に赴くとそこにはウラジオストクにいるはずのタチアナ皇女がいた。
「これは皇女。此処はもうすぐ戦場になりますので急いで退避を」
「……ミヨシ大佐、勝てますか?」
「……微妙なところですな。ですが我々は全力を尽くすだけです」
「御武運を祈るわ」
「はい。それと皇女、実は自分の妻が皇女に手紙を渡してほしいと申されたのですが……」
「……ふーん」
将和から受け取ったタチアナは手紙を一目すると急に顔を青ざめていく。
「皇女?」
「……何でもないわ。後で返事の手紙を書くから渡すわね」
「は、はぁ」
皇女はそう言って立ち去るのであった。
「……あいつ、皇女に変な事でも書いたんじゃないだろうな?」
皇女の慌てぶりように将和は冷や汗をかくのである。それは兎も角、日本義勇軍・シベリア航空隊はソ連軍航空隊との交戦が始まるのであった。
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