第三十九話
嫁が死ぬと思った?残念、予定が大幅に変更だよ
1921年1月、将和はウラジオストクで正月を迎えた。ソ連の警戒を含めて日本義勇軍の航空隊は現地に留まっていたのだ。そんな将和だが何故か仮皇宮でニコライ一家と夕食を共にしていた。
(……何で一緒に食べてるんだろう……)
「はっはっは。食べているかな三好大佐?」
「あ、頂いています明石大将」
既にワインを数杯飲み干している明石大将は頬を赤らめながら将和に問う。史実では1919年に死去しているはずであるが、将和の入れ知恵もあり台湾総督就任は無くなり引き続き中野学校の校長をしている。(代わりに斎藤実が台湾総督に就任)
また、明石大将の死去を考えて酒の摂取制限が大正天皇から勅命で出されていたので明石大将も渋々と年始等を除き酒の摂取は控えた。代わりに手を出したのがお茶であったりする。
ちなみに、この将和らの暗躍により明石大将の命数は20年程延びるのであった。
そして夕食後の団欒とした話の最中、ふと気づくとタチアナ皇女が将和の隣にいた。
「ん」
タチアナはそう言って将和に赤いマフラーを渡す。
「……自分に……ですか?」
「……そうよ」
「御姉様ったら馴れない編み物に苦戦していたのよね」
「マリア!!」
マリア皇女の言葉にタチアナは顔を真っ赤にして声を荒げる。そんな二人の会話に将和は苦笑しつつもマフラーを受け取る。
「Благодарю вас(ブラガダリュー ヴァス)タチアナ皇女」
「ふん」
将和の言葉にタチアナ皇女はそっぽ向く。しかし……。
「……フフ」
将和らに見えないように小さく笑うのである。なおマリア皇女にはバッチリと見られているのであった。
「ぐっ……」
「貴方」
場に混ざろうとするニコライ二世に皇后がそう釘を刺したのである。なお、明石大将はワインを出来る限り飲んでいたのであった。
それからのシベリア方面は冬の事もあり戦線は膠着していた。その間、将和らの航空隊は2月に新設されたシベリア帝政国航空隊の訓練に付きっきりだった。
「どんな具合だ塚原?」
「あ、飛行隊長。まぁまずまずと言った具合ですな」
「使えるか?」
「使える事は使えますな。ただ、向こうにベテランが多数いたら此方はヒヨッコです。後の事は飛行隊長でも分かります」
「……鍛えるしかないか」
「そうですな」
塚原とそう話す将和である。
「それはそうと飛行隊長、奥方の予定日がそろそろではないのですか?」
「四月だな」
「休暇取りますか?」
「おいおい、二人産んでるんだ。俺が傍にいなくても大丈夫だ」
(ポンポンと産む奥方もそうですが、ポンポンと仕込む隊長も隊長だと思います)
そう思った塚原だった。そして四月三日、将和の元に電報が届いた。
『ユウカ、キトク、スグカエレ、ゴンゾウ』
食堂で電報を一目した将和は顔を青ざめた。
「ど、どういう事だ!!」
「落ち着いてください飛行隊長!!」
「発動機回せェ!! 戦闘機で内地に向かう!!」
「しっかりしてください飛行隊長!! おい皆、飛行隊長を取り押さえろ!!」
「邪魔だ、退けェ!!」
「ぐぇ!?」
将和を抑えようとする山口と大西を右ストレートで沈める将和である。他にも吉良や草鹿、戸塚等が将和の身体を押さえ付ける。
「退けや貴様らァ!!」
「……何やってるの?」
たまたま、航空隊の慰安のため訪れていたタチアナ皇女がそう呟いた。
「皇女、此処は離れた方が宜しいかと……」
護衛の長谷川中佐がタチアナ皇女にそう言うがタチアナはツカツカと将和の前に立ちはだかる。
「は、離れてください皇女!!」
「今の飛行隊長は手がつけられません!!」
小沢や市丸らがそう言うがタチアナは聞く耳を持たない。
「退けタチアナァ!!」
「!!」
怒号を放つ将和にタチアナは右ストレートを叩き込んだ。
「おぉ……」
「やったか!?」
右ストレートを叩き込んだタチアナに周りの桑原らが唖然とする。
「貴方が騒いだってしょうがないでしょ!! 少しは落ち着きなさいよこの馬鹿!!」
「………」
タチアナの言葉に将和は漸く冷静になった。
「……済まない。頭が冷えた」
「私に謝るより他の人に謝りなさい!!」
「……皆、済まない」
周りの者達に謝る将和だった。頭が冷えた将和に他の者達もホッと安堵の息を吐いた。それから直ぐに司令官の高橋大佐に呼ばれた。
「直ぐに内地へ戻りなさい。君は少し働き過ぎだからね。たまには内地の空気でも吸いなさい」
「……ありがとうございます」
高橋の心配りに将和は敬礼で返答し高橋が手配してくれた駆逐艦澤風(たまたま輸送任務でウラジオストクに停泊していた)に便乗して急遽内地に帰還した。そんな澤風を水平線から消えるまでそれを見送る者がいた。タチアナ皇女だった。
「………」
その時、彼女が何を思ったのかは分からなかった。後にそれは判明するがそれはさておき、内地に帰還した将和は帝都に急ぎ、夕夏がいる病院に駆け込んだ。
「夕夏!!」
駆け込んだ個別病室で夕夏はベッドでマスクをして寝ていた。その傍らには夕夏の両親である権蔵やしの、将和と夕夏の子である将弘と将治がいた。
「来たか……」
「義父さん。夕夏が危篤とは一体……」
「……スペイン風邪だ」
「そ、そんな……夕夏はこれまでスペイン風邪に掛かってなかったのに……」
「三人目を産んだ後に掛かったようだ。産後だから体力がかなり低下している。もしかしたらここいらが峠……」
「貴方」
「………」
権蔵の言葉にしのがそう嗜める。将和は無言で夕夏に歩み寄る。将和の足音に気付いたのか、夕夏がうっすらと瞼を開けた。
「……貴方」
「ただいま……夕夏」
将和は夕夏の右手をギュッと握り夕夏の温もりを感じる。
「……ごめんなさいね」
「……良いさ」
「……赤ちゃん、見てね? 女の子よ」
「……分かった」
夕夏の言葉に将和は頷くのであった。その後、将和は約五日間は夕夏と生まれたばかりの赤子の看病に当たる事になる。産後に掛かってはいたがそれでも二十代であり体力も十分にある(毎日一時間は歩いて、一時間は薙刀で素振りしている程)ので峠は越せて完治に向かったのである。
「ありがとう貴方」
「良いってことよ」
入院中、夕夏に付きっきりだったので五徹くらいしている将和である。そのおかげで目の下にはクマが出来ていた。なお、付きっきりで看病する将和の姿を見ていた看護婦達にも「仲が非常に良い夫婦」と見られていたりする。
それは兎も角、五人で自宅に帰宅して赤子と夕夏に布団を敷いていると玄関の戸を叩く音がする。
「はい?」
「シベリア大使館の者です」
扉を開けるとシベリア大使館の事務員がいた。
「実はニコライ皇帝からお見舞いの品をと事で。お見舞いの品を持ってきました」
「わざわざありがとうございます」
「いえ、ミヨシ大佐の部隊にはお世話になっておりますのでこれくらいの事はしませんと」
事務員と二、三話してお見舞いの品を携えて夕夏と赤子の元に行く。
「ニコライ皇帝からのお見舞いの品だって」
「まぁ」
お見舞いの品は石鹸やフルーツの缶詰めだった。特に缶詰めはラズベリーやセイヨウヤブイチゴ等だった。
「ん、手紙?」
『日本のお見舞いの品はよく分からないから石鹸やフルーツの缶詰めで見繕ったわ。早く元気になってと言っておいて』
拙い日本語で書かれた手紙の主の名前が誰かとは書かれてなかったが将和は誰かは予想出来た。
「皇女が早く元気になれだとさ」
「あら……あらぁ」
将和から渡された手紙を一目した夕夏は口角を上げて満面に笑うのであった。ちなみに夕夏の笑顔を見た将弘と将治は少しチビったようである。
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