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第三十八話





「ほ〜ら将治〜」

「きゃっ♪きゃっ♪」

「ましゃひろも〜」


 時は一月前に戻り1920年の五月中旬、将和は第一次攻勢後に内地へ休暇のために帰還していた。しかし、将和を待っていたのは玄関前で薙刀を持った夕夏だった。


「ゆ……夕夏……さん……?」

「この人……誰かしら……?」


 にこやかな笑顔で夕夏は将和にあの写真を渡す。


「い!? ……無いと思ったら家に送っていたのか……」

「さぁ返答は貴方? 返答次第では唐竹割りと首を刎ねるわ」

「それどっちも死じゃないか!? とりあえず落ち着け!! その人はロシアの皇女だ!!」

「皇女……?」


 薙刀で素振りをしていた夕夏の動きが止まる。


「そうだ、シベリアに行ってる時に皇女から写真をと頼まれたんだ」

「……分かったわ(この皇女とやらの顔……)」


 少し何やら思う夕夏だが納得するのであった。だがまだ腹の虫は治まらなかったのか、最初の三日間の食事は雑炊だった。そして夜は夜で将和を求めるのでありげっそりする将和である。それと将和にも新しい家族が増えていた。次男将治の誕生である。


「夜泣きは将弘と比べて少ないのよね」

「ほぅ。大物になるかもな将治?」


 艶々している夕夏の言葉に将和はそう言う。言われた将治はスヤスヤと寝ていた。一方で将弘の相手も忘れない将和である。

 将治が寝るのを確認すると将和は将弘を連れて近所の駄菓子屋に赴いた。


「一つだけな将弘」

「こりぇ!!」


 将弘が花串カステラを一つ握る。


「一銭だよ」

「はい」


 おばちゃんに一銭を渡して家に戻る。将弘は戻る前にペロリと食べるのであった。


「後は晩飯にな」

「うん!!」


 将弘を肩に担いで肩車で帰る将和だった。そして七月、将和は再びシベリアに行く事になる。ちなみにシベリアに行く事に夕夏は「じゃあ次の子をね♪」と将和を搾りに搾るのである。


「………」

「済まんな将弘。お父さん、仕事で行かなきゃならんからな」

「……やだ」


 玄関前で将弘が将和にひっついて離れようとしない。そんな将弘に将和は軍帽を渡す。


「将弘、お父さんが帰るまでにこの軍帽を預かっといてくれ。お前にしか出来ん事だ」

「……うん」

「良い子だ」


 泣くのを我慢している将弘に頭を撫でる将和だった。そして夕夏と別れのキスをして再びシベリアに赴くのである。勿論、その情報はソ連も入手していた。


「ミヨシがシベリアに来るだと!? 精鋭の航空隊を送り出してミヨシを撃墜しろ!!」


 情報を聞いたソビエト共和国革命軍事会議議長のレフ・トロツキーはそう叫び、八十機あまりの戦闘機がシベリア方面に送られ元々存在する戦闘機のも合わせると計140機近くに増えたのである。対して日本は陸軍が購入したスパッド.13――丙式一型戦闘機に変更――を五四機とニューポール24――ニ式24型戦闘機に変更――を三十機の戦闘機を揃えていた。また、飛行場の周囲には前回の戦訓を元に対空銃架に取り付けた三年式機関銃が設置されていた。

 ソ連も暫くは大規模攻勢をやめる事に決定しており航空戦で時間を稼ぐ事で一致していた。そのためシベリア方面では大規模な航空戦が展開されるのである。


「吉良!! 後方に一機食い付いてるぞ!!」


 聞こえるわけない将和の叫びだが吉良は後方から迫り来るスパッド.7に気付き急降下で回避して逃げる。逃げられたスパッド.7だがその後方に将和の丙式一型戦闘機が回り込んで一連射で撃墜させた。


「全く……そそっかしいのかそれとも見落としかな」


 将和はそう呟きながら別のスパッド.7を見つけて後方から忍び寄って撃墜するのであった。


「……ちょっと目立ち過ぎではないもはんか?」

「確かに。新聞の報道は過激を極めていますな」


 海軍省の大臣室で東郷と加藤大臣はそう話をしていた。彼等の手元には各新聞があった。


「報道が過激に走れば三好夫人とその子らにも害が及ぶと思います」

「うむ。おいどんも同じ意見でごわす」

「直ぐに規制に入ります」


 この日を境に将和の撃墜報道は下火へと移行する。


「……最近、撃墜報道が無いわね……(軍が介入したのね)」


 新聞を見ていた夕夏はホッと溜め息を吐いた。夕夏の実家にも見知らぬ親戚の手紙が舞い込んでくると母しのが言っていた。


「まぁ、頑張ってね貴方」


 将和の写真に笑う夕夏だった。ちなみに、夕夏にはこっそりと海軍も撃墜記録を報告していたりする。

 さて、日本の現況であるが史実通りに米騒動は発生していた。だが日本は第一次世界大戦が始まる前にある程度の手は打った。それは各地の刑務所に服役中の囚人達に田畑を耕して米の生産量を少しだけ増やしていた。後に「刑務所内で田畑を耕すのは罪の償いを行う囚人に関係あるのか?」と国会で論争となるがそれはまだ先の話である。

 それは兎も角、大正七年七月の段階では史実と同じ一石35円で八月、九月も同水準だったが十月には50円を突破してしまい騒動が発生、炭鉱への飛び火はなかったものの七日間の騒動は各地で行われて軍が出動する事態になる。この米騒動が発端で伊藤の心労がたたり結果的に1921年には首相の座が退き、原敬に後を任せるのであった。

 そして陸海軍だが陸軍は戦車隊を創設、更に戦車学校をも創設して新兵器である戦車にカネを投入していた。勿論これは将和の具申であり山縣も戦車に力を入れていた。これが後に史実と異なり、日本戦車史を大きく変貌させる一因だった。

 海軍は長門型の建造等は史実通りだったが伏見宮が海軍省等と協議して海上護衛隊の創設がされている。将和も護衛隊創設に動こうとしていたが先に伏見宮が動いた結果だった。やはり欧州でUボートの脅威を間近に感じていたからであろう。その表れなのか初代司令長官にも伏見宮本人が就任している。軍事参議官の内定を蹴ってである。

 護衛隊は二等駆逐艦の楢型から配備されたが後に神風型(二代目)、睦月型が対潜装備を強化されて配属されたりとこれもまた史実とは大きく異なる事だった。


「大きく変わってるなぁ……」


 東郷達から内密の報告書を見た将和はそう呟いた。


「特に宮様の変わり具合は凄いな。やっぱ体験してると価値観も変わるのかな」


 そう思う将和だった。





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